はじめに
今日はお好み焼について懺悔したいことがある。
長年、お好み焼を見てきて、食べてきて、発信もしてきたからこそ、きちんと記録しておくべきことだと思う。
それは、広島のお好み焼における呼び名と焼き方の文化を、若い頃の僕自身が十分に理解できていなかった、という話である。
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広島のお好み焼は「具材違い」ではない
広島県内には各地にさまざまなお好み焼文化がある。
たとえば、
- 挽き肉を使う府中市
- 砂ずりを入れる尾道市
- 鳥もつを使う三原市
こう聞くと、単なるトッピング違いのように思われがちである。
しかし本質はそこではない。
焼き方そのものが地域ごとに違うのである。
ここが、まだ十分に理解されていないと感じる。
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呼び名と焼き方はリンクしている
さらに重要なのは、広島のお好み焼文化では、名前と調理法が結びついているという点である。
たとえば焼肉屋で「焼肉ください」と言っても困るだろう。
カルビなのか、ロースなのか、何を指しているのか分からない。
それと同じで、お好み焼店で「お好み焼ください」だけでは、地域によって意味が違うのである。
つまり「お好み焼」は料理名であると同時に、業態名でもある。
この二重構造が、外から見る人には分かりにくい。
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地域ごとにまったく違う世界
広島市——肉玉そば
現在、多くの人が「広島風」としてイメージするものは、
- 生地を敷く
- 野菜を重ねる
- 麺は別で焼く
- 最後に合体させる
- 卵で閉じる
このスタイルで、伝統的な呼び名は肉玉そばである。
ここで重要なのは、広島市では本来「肉玉そば」が自然な語順だということだ。
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三原市——お好み焼の意味が違う
三原では、キャベツと麺を最初から一緒に炒め、ソースで味を付ける。
中身はかなり焼きそば的である。
そのうえで生地と卵で包むため、見た目はオム焼きそばにも近い。
そして三原では、
- 麺なし=お好み焼
- 麺あり=モダン焼
なのである。
お好み焼を頼むと麺が入らないのだ。
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呉市——お好みそば、お好みうどん
呉では、
- 麺入り=お好みそば / お好みうどん
- 麺なし=お好み焼
という呼び方になる。
焼き方も独特で、具材をしっかり炒めてから生地に重ねる。
さらに老舗ほど鉄板提供ではなく、皿で出す文化が残っている。
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尾道市——名前は大阪、焼き方は一銭洋食
尾道も面白い。
- 豚玉
- イカ玉
- アサリ玉
と、大阪風の名前が並ぶ。
しかし焼き方は混ぜ焼きではなく、重ね焼きである。
つまり名前は大阪的、実態は一銭洋食という少し不思議な文化なのである。
しかも「肉玉」と頼んでも麺入りが基本。
麺なしにしたければ肉玉の麺抜きと言わねばならない。
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府中市——挽き肉文化の成立
府中では現在、挽き肉入りが有名である。
これは「古川食堂」の初代店主が「バラ肉より挽き肉のほうが安い」と切り替えたものが広まった。
お好み焼は庶民食であり、安さは大きな価値だった。
そこから地域文化として定着していったわけである。
呼び方も、
- そば肉玉
- うどん肉玉
と、麺種を先頭に置く形式になっていった。
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そして僕の懺悔
ここからが本題である。
僕は1996年から「広島快食案内(のちの快食.com)」という広島の飲食情報サイトを運営していた。
その中で、お好み焼の表記をずっとそば肉玉としていたのである。
なぜそう書いていたのか。
僕は府中生まれ、府中育ちだ。
だからそれが当たり前だと思い込んでいた。
しかし広島市の伝統的表記は、先ほど述べた通り肉玉そばである。
つまり僕は、府中のローカル表記を、広島全体の標準であるかのように広めてしまっていたのだ。
これは大いに反省している。
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若い頃の無理解が文化を薄めた
当時の僕には、「呼び名と焼き方が地域文化として結びついている」という認識がなかった。
単なる言い回しの違いだと思っていたのである。
しかし違った。
名前には歴史があり、調理法があり、土地の記憶がある。
そこを雑に扱うと、文化の輪郭がぼやけてしまう。
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これから大切にしたいこと
広島のお好み焼は、一枚岩ではない。
広島市、呉市、三原市、尾道市、府中市——
それぞれに別の文法があり、別の歴史がある。
だからこそ、
- その土地の呼び名を使うこと
- その土地の焼き方を知ること
- 違いを面白がること
これが大切なのだと思う。
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おわりに
もし広島市のお店で「そば肉玉」と書いてあったら、僕の悪い影響が出ているかもしれない。
だとしたら、本当に申し訳ない。
広島市は肉玉そばが正しい。
そば肉玉は府中市だ。
僕のこの大きなミスが修正されることを願って止まない。