丼という料理は、実は難しい
丼について真剣に語ったことは、これまであまりなかった。理由は単純で、あまりにも難しい料理だからだ。
「ご飯の上におかずを乗っけるだけじゃないか」と思う人は多いだろう。SNSでもやたらめったらご飯の上にステーキやハンバーグを乗せた動画が溢れているが、あれは丼ではない。少なくとも、僕が考える丼とは別物だ。
では、丼とは何か。
「別々に食べた方が美味しいなら、丼にする意味がない」
これが、丼を考えるときの出発点だ。
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丼にする「理由」が必要
丼種(上に乗せるおかず)とご飯を別々に食べた方がおいしいとしたら、その丼は料理として存在する価値がない。丼である以上、丼にしたからこそおいしい、という必然性が必要だ。
例えば天ぷら。天ぷら定食であれば、自分のペースで食べられる。でも天丼にした途端に、スピードが求められる。衣がつゆを吸い、時間とともに変化していく。天ぷらうどんや天ぷらそばになればなおさらだ。ふやけていく食感を楽しむステージに自分を切り替えないと、食べきれない。
それだけ丼というのは、食べる時間軸まで含めた設計が必要な料理なのだ。
ちなみに、丼という料理の形式が成立したのは大正時代ごろとされている。「昔からあるに決まっている」と思われがちだが、実はそうではない。この背景には日本の食文化史が深く関わっているが、それはまた別の機会に話したい。
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カツ丼を因数分解する
カツ丼で考えてみよう。
つゆをたっぷり含ませたカツ丼の場合、「カツとじ」として別皿に盛ってご飯と一緒に食べた方が、実はおいしい。なぜなら、ご飯がぶよぶよにふやけるのを防ぎつつ、自分のタイミングで一緒に食べられるからだ。
だとすれば、なぜ上に乗せるのか。
こういう問いをひたすら立て続けることが、料理を理解する上で欠かせない。面倒くさいことではあるが、この「因数分解」をやらない限り、その料理の本質はわからない。ほとんどの人が「どうでもいい」と流すところを「いや、これはおかしくないか?」と立ち止まって考え続ける。これがゼロベース思考というやつで、MBAなどでもよく使われる考え方だ。興味のある人はぜひ調べてみてほしい。
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丼の中の丼——親子丼という難題
丼の中でも、親子丼は特別に難しい料理だと思っている。
まず「卵丼」との違いから整理したい。卵丼は、卵かけご飯の上位版とも言える。卵かけご飯は加熱しないという前提だが、ぶっちゃけ出汁と醤油で味付けして加熱した卵をご飯に乗せた方が美味しい。卵丼は、卵かけご飯を完全に凌駕している料理だ。
ところが、ここに鶏肉が加わると途端に難しくなる。
鶏肉はご飯との馴染みが悪い。しかしその鶏肉が入ることで、丼にアクセントが生まれる。では、鶏肉は事前に炙るべきか。煮て味付けしておくべきか。あるいはひき肉にした方が卵との一体感が出るのではないか。そして卵の加熱加減の絶妙さ——これが完璧に揃って、初めて本物の親子丼になる。
残念ながら、「これだ」と思える親子丼にはまだ出会えていない。近場では「なか卯」の親子丼は価格を考えると相当クオリティが高いと思う。以前モスフードサービスが手がけていた頃はさらにおいしかったが、運営体制が変わってからはやや職人気質が薄れた印象がある。それでも、食べたことがない方にはぜひ一度試してほしい。
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天丼の「思想」——天茂の衝撃
20歳前後の頃、東京の東大赤門近くにあった「天茂」という店で食べた天丼が、今でも忘れられない。
出てきた天丼の衣はつゆを含んでふにゃふにゃだった。最初は「なんだこれ」と思った。しかし一口食べて、その設計の深さに気づいた。沸かした丼つゆに天ぷらを一瞬くぐらせ、ご飯の上に乗せてすぐに蓋をして30秒ほど蒸らす。衣の表面だけにつゆが染み、中まではいっていない。そのままご飯と一体化していく。
天ぷら定食と天丼は、根本的に思想が違う料理だ。その違いを徹底的に考え抜いた上で、この技法にたどり着いたのだと思う。丼という料理の可能性を、あの一杯で思い知らされた。
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牛丼は、正直まだよくわからない
一方で、牛丼については今もよくわからないというのが正直なところだ。
多くの牛丼チェーンのご飯はバサバサで、それ単体ではおいしいとは言いにくい。だからこそツユだくにして、茶漬けのようにかき込むスタイルが合っているのかもしれない。牛皿としてご飯と別に食べる方が好みという人も多いだろうが、そのバサバサのご飯との相性を考えると、これもまた一長一短だ。
ご飯の上に乗せることで美味しくなっているのか——牛丼はその問いに、まだうまく答えられていない気がする。
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丼四天王と、これからの問い
親子丼・カツ丼・天丼・牛丼。この4つが丼四天王だと思っている。
「いや、これこそ丼の真髄だ」というものがあれば、ぜひ教えてほしい。原稿なしで話しているので、大きな丼を見落としている可能性もある。
結局のところ、丼という料理は「ご飯の上に乗せることで、はじめておいしくなる」という条件を満たさなければ成立しない。ご飯はそのままでもおいしい。つゆをかけてぶよっとなったご飯が、それでも美味しいと言えるか。その難題に正面から向き合い続けることが、丼という料理の奥深さだと思っている。
皆さんは、丼についてどうお考えだろうか。