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快食ボイス845・ 加賀恭一郎と過ごした20年、そして防げたかもしれない病のこと

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東野圭吾さんの新しい本が、もう読めない 東野圭吾さんが亡くなった。 68歳、大腸がんだったという。 訃報からもう一週間ほど経つのに、いまだに実感が湧かない。 まだ若いのに、と思う。 うちにある本を探してみたら20冊ほど出てきた。 だいぶ整理したあとでこれだから、以前はもっとあったかもしれない。 人に借りて読んだものや、映画で観たものまで数えれば、僕はずいぶんこの人の作品に付き合ってきたことになる。 大阪のご出身で、もともとは自動車部品のデンソー(当時の日本電装)で技術者として働いていた人だ。 そこを辞めて専業作家になった。 理系の目で人と社会を見ていたことが、あの緻密なプロットの土台にあったのかもしれない。 --- 東野作品に、ハズレなし ミステリー好きなら誰もが言うと思う。 東野圭吾の本には外れがない。 傑作か、大傑作か。 たまに「普通かな」と思うものでも、どこか味わいが残る。 読みにくいということも、まずなかった。 一番好きなものを挙げろと言われたら、僕は『白夜行』と『幻夜』を選ぶ。 どちらも女性が主人公で、名前こそ違うけれど、『幻夜』の彼女は『白夜行』のあの人ではないか、と思わせる。 2作がつながっているとも、いないとも、ご本人は語らなかった。 3部作の3作目が出るのでは、とミステリー好きのあいだで囁かれていたが、もう叶わない。 この2つは、僕にとってミステリーの金字塔だ。 --- 加賀恭一郎と過ごした20年 シリーズものでは、加賀恭一郎ものが一番好きだ。 彼がまだ大学生だった頃から始まり、20年近くかけて物語が進んでいった。 作者と一緒に、登場人物が歳を重ねていく感じがいい。 犯人は最初から分かっているのに動機が見えない、AとBのどちらが犯人かを最後まで明かさない、といった挑戦的で実験的な作品も多く、それでいて、きちんと読めばちゃんと腑に落ちる。 ミステリーの型を、いくつも自分の手で壊しては組み直していた人だと思う。 映像化された『麒麟の翼』もよかった。加賀を演じた阿部寛さんの佇まいがいい。 中でも僕が好きなのは『祈りの幕が降りるとき』だ。舞台になった日本橋や人形町のあたりが、もともと好きな場所なのだ。 父のこと、母のことで長く思い悩んできた加賀の背景が、ここで一つに結ばれる。 先に逝った父との別れの場面も、母の死をきっかけにいろいろなことが明らかになっていく終盤も、シリーズを追ってきた者ほど胸に来る。 積み上げてきた伏線が静かに回収されていく感触が、たまらなくよかった。 ガリレオシリーズも忘れがたい。 物理学者・湯川学を主人公にしたこのシリーズは、福山雅治さん主演で映像化され、ちょっとした社会現象になった。ドラマや映画で東野作品に触れた、という人も多いだろう。 中でも『容疑者Xの献身』は、原作も素晴らしいが、映画がとにかくすごい。 小説を映像化して原作を超えることなど滅多にないのに、あれだけは超えたのではないかと思うほどだ。 何度観ても、結末を知っているのに泣かされる。 そのガリレオの最新刊が、8月5日に出るという。 106冊目にして、僕たちが最後に受け取れる新作になる。 --- 人の心を打つ、ということ 東野作品の凄みは、プロットの巧みさだけではない、と僕は思っている。 仕掛けの上手さで読ませる作家なら、ほかにもいる。 東野さんが違うのは、犯人であれ被害者であれ、その人の気持ちがこちらまで伝わってくるところだ。 ページをめくるうちに、いつのまにか登場人物の側に立って、その人の痛みを一緒に抱えている。 読み終えたあとに残るのは、トリックの鮮やかさではなく、誰かの人生に触れてしまった、という感触だ。 『ナミヤ雑貨店の奇蹟』のような、そう重たくない短編にも、その温かさは流れている。 だから、これから初めて読むという人には、『白夜行』のような重い一冊ではなく、まずこのあたりから入ってみることを勧めたい。 多くが文庫で手に入るから、値段の心配もいらない。 --- 防げたかもしれない、ということ 悔しいのは、大腸がんだったということだ。 知り合いの医者に言わせれば、大腸がんは検査さえきちんとしていれば早期に見つかり、ポリープのうちに取ってしまえば防げる病なのだという。 東野さんの事情は公表されていないので、実際のところは分からない。 分からないけれど、これだけ賢く優れた人でも、と考えると、身につまされる。 僕はポリープができにくい体質らしく、そう頻繁でなくていいと医者に言われているが、それでも数年に1度は、内視鏡で中を診てもらっている。 下剤を飲むのは難儀だし、お尻から管を入れられるのも気が進まない。 それでも、最近は意識を落として、眠っているあいだに終わらせてくれる。 だから、思っているほど辛くはない。 まだ受けたことのない人には、ぜひ勧めたい。 あれだけの人が惜しまれて逝ったことが、誰かの検査の一歩につながるなら、それはそれで意味のあることだと思う。 思えば小説から長く遠ざかっていた。 ここ数年は食文化や歴史の本ばかりで、物語に没頭することがなかった。 小野不由美さんの『十二国記』を読んで以来かもしれない。 東野さんにしても、村上春樹さんにしても、こういう素晴らしい書き手が同じ時代を生きて、たくさんの作品を残してくれた。 それは、当たり前のようでいて、実はとてもありがたいことなのだと思う。 未読の本は、まだたくさん残っている。もう新しい一冊が増えないという寂しさを抱えながら、それでも、読んでいない東野圭吾がこれだけあるのは幸運なのだと、自分に言い聞かせている。 よろしければぜひ。
7月31日
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