#雑談
#ショートSTORY
#【水琴窟】
#朗読
2026.8.20 木曜日 ☀️
【水琴窟】
子供の頃 目を覚まして聞く音は
母が台所で朝食の支度をしてくれている時の音だった
きゅうりの糠漬けを切っているまな板の音
お味噌汁を作るお鍋が触れ合った音
重ねたお茶碗をお盆に移す時の音
そのどれもが何故か私の心を穏やかにしてくれていた
大人になって朝の時間に聞く音は
電子レンジのチンと言うものだったり
冷蔵庫にマグネットでつけてあるタイマーの音
お隣の家から聞こえるアラームの音
この電子音の中で
一日をスタートさせる
ベッドに腰を下ろし
スマホをチェックすれば溢れるよな
情報が目に耳に入って来る
朝の1時間で昔の私が聞いていた
一日の音が身体を侵食するのだ
うだるような夏の暑い日に
私は静かな場所を求めて鎌倉へ行った
人混みを避けて裏通りにある
小さなお寺の階段を登り 呼吸を整えると
手入れの行き届いたお庭が広がっていた
人影も無く聞こえる蝉の声が
何とも心地くしばらく日傘の中で
扇子を開き無心になっていた
少し歩くと茶房のような建物があって
私は涼を求めて敷居を跨いだ
落ち着いた声で 「こちらへどうぞ」と
とおされた日本間からは
広い庭が見えて緑が美しい…
冷たいお抹茶と和菓子を頂きながら
時間を忘れていた
お店の方が 「あちらに水琴窟がありますので良かったらどうぞ」と教えてくれた
蚊取り線香が置かれた縁側の隅に
長い竹の筒があって私はそっとひざまずき その竹に耳をあてた
水滴が瓶に落ちて響く静かな音が聞こえる
目を閉じると自然に呼吸が深くなり
私はいつしか その水滴が広がる音の中に
幼い頃に聞いていた あの朝の音を重ねていた…
懐かしい音は私の中に山ほどあって
祖母がお気に入りの絵柄がついた
軒先の風鈴の音や 母がほっかむりをして
叩くはたきの音 井戸にバケツを置いて
大きなスイカを冷やす時の あの水の音
それらを思い出して
ちょっとだけ あの頃に戻りたいなぁ〜
なんて叶いもしない気持ちを抱えた
帰り道 昔聞いていた
「竹や〜竿だけ」 「金魚〜や金魚」
あのなんとも言えない風景を思い出しながら
私は口ずさんでいた。