#雑談
#ショートSTORY
#【静寂の中に】
#朗読
2026.8.21 土曜日 ☁️
【静寂の中に】
涼子はこの一か月誰とも話してない
一年前に夫を見送ってから
ぼんやり過ごす日が多くなった
心配した一人娘が たまに連絡をくれるのだが 娘も忙しくしているのだろう
しばらく電話も無い
夫が居た頃には
この季節 「脂ののった秋刀魚にしますね」と グリルを気にしながら大根をすりおろしていると
「じゃ今日は日本酒でも頂くかな?」
と言って切子のグラスをテーブルに置き
日本酒を選ぶ夫の気配を感じながら
幸せで
静かな日常だけど涼子は満足していた
だけど今は一人…
静まりかえった部屋で 一年前と同じように秋刀魚を焼いていても
聞こえるのは パチパチと魚が焼ける音だけだった
こうして過ごす一日は長い
以前は趣味の刺繍や編み物をする時間が欲しくて(何故一日は24時間しか無いの?)なんて思った時もあったのだが
時間が持てたら
老眼も進んでやる気が無い
「皮肉なものね」
ため息をつきながらお茶碗を洗っていると
お隣から 笑い声が聞こえて来た
珍しく幼い子供達の声も聞こえる
思わず涼子は 開けていた窓を勢い良く閉めた 聞きたく無かった
幸せそうな笑い声
もう二度とそんな時間は無いのだから…
しばらくすると玄関のチャイムが鳴った
珍しい 誰だろう インターフォンを見ると お隣の息子さんが幼い子供達二人を連れて立っていた
ドアを開けると
申し訳なさそうな顔で
「ご無沙汰してます 久しぶりに
オヤジの家に顔を出したので オヤジもはしゃいじゃって…これ紅葉まんじゅうです
召し上がって下さい」と言って
綺麗な紅葉の絵が描いてある紙袋を差し出した
連れて来られた子供達も何だか神妙な顔をしている
だけど子供は切り替えが早いのだ
玄関に飾っていた私が作った刺繍のタペストリーを見て お姉ちゃんが指をさして言った「ねぇパパ見て あれ綺麗だね」
つられて弟が 「この熊ちゃん可愛い」
と言って下駄箱の上に置いた 熊のあみぐるみを指さした
タペストリーも熊のあみぐるみも
娘が幼い頃 寝ても覚めても離さなかった
熊のぬいぐるみをモチーフに
私が作ったものだった
刺繍には私の好きなコスモスのピンクの花もアレンジして私の自慢の作品だった
「ちょっと待っててね」
私はおもわず 頂いた紙袋を床に置いて
もつれるような足で2階の部屋へ行き
大きな段ボールを抱えて
玄関に戻った
「これ全部 おばちゃんが作ったの
好きなのがあったらどーぞ」
「こんな大切な物 いいのですか?
申し訳なさそうな顔でパパが言った」
子供達は おかまい無しに
土間に膝をついて 目を輝かせて
宝探しでもするように
段ボールから自分のお気に入りを探していた。
「一つずつだぞ〜」
そんなパパの声は聞こえ無いふりをして
お姉ちゃんはお花を刺繍したタペストリーと うさぎのあみぐるを胸に抱えて
幸せそうな顔をした
弟は 熊のぬいぐるみとカエルのあみぐるを両手に持って 「可愛い」と言った
困り顔でパパが言った
「何だか申し訳無いなぁ〜」
そう言って頭をかいた
涼子の胸に久しぶりに温かいものが
込み上げてきた
嬉しさで言葉が出ない
ただ うんうんと首を縦にふっていた
無邪気な子供達は
「ありがと バイバイ」と言って玄関から出て行き
パパは何も言わずに深々と頭を下げて
帰って行った
玄関の鍵を閉めた後
涼子はその場に座り込んで久しぶりに声を出して泣いた
それは 紛れも無く心の底から湧き出るような嬉し泣きだった
頂いた 紅葉まんじゅうを
夫の写真の前にお供えして
涼子は言った
「パパ 私は幸せに生きてるの
心配しないでね」
写真の中の夫の顔が少し笑ったような気がした…。