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快食ボイス740・消された屋台、守られた屋台

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屋台はなぜ心を打つのか 今日は「屋台」について話してみよう。 きっかけは、先日放送されたNHKドキュメント72時間だ 取り上げられたのは、呉の蔵本通りに並ぶ屋台群。 これが実に良かった。 この番組は年末に「ベスト72時間」を選ぶ企画があるが、今回の回は上位に入ってもおかしくない出来だったと思う。 屋台は夏よりも冬がいい。 寒さの中で湯気が立ち上がる。 外気と温もりの対比が、空間を濃くする。 合理性では説明できない魅力が、そこにはある。 --- 屋台は「不衛生」なのか 屋台という業態は、全国的に縮小してきた。 理由は明確で、公衆衛生と交通規制の問題だ。 たとえば博多の屋台は有名だが、世襲制や新規出店制限があったり、水道設備が十分でなかったりという課題が指摘されてきた。 溜め水で皿を洗う時代もあった。 行政の立場から見れば問題意識を持って当然だ。 衛生管理が担保できないものを許可するわけにはいかない。 僕は元行政マンだ。 もし自分が担当者であれば、情緒は理解しつつも「時代に合わない」と判断した可能性が高い。 屋台が全国で消えていったのは、ある意味で必然である。 --- 呉市の屋台はなぜ残ったのか 呉市の屋台は昭和41年(1966年)に転機があった。 呉市は屋台を蔵本通りに集約し、しかも電気・上下水道設備を市の負担で整備したのだ。 ここが決定的に違う。 ・電源はバッテリーではなく正式配線 ・清潔な水が使える ・排水設備も完備 つまり「衛生的な屋台」を制度として作ったのである。 屋台は不衛生だ、という前提を裏返したわけだ。 さらに、経営者の高齢化で数が減った際には、公募を行い新規参入を認めた。 多くの自治体が縮小・廃止に向かう中で、呉市は継続を選んだ。 これは極めて戦略的な判断だったと思う。 結果として、他都市にはない独自の魅力が生まれた。 今回の72時間の反響が、それを証明している。 --- 広島市はなぜ屋台をなくしたのか 一方、広島市の判断は異なる。 平成6年(1994年)のアジア競技大会を契機に、屋台は整理・撤去された。 社会秩序、衛生、交通管理。 行政判断としては合理的である。 かつては広島駅裏や平和大通りに屋台があった。 今のラーメン店「つばめ」も屋台出身だった記憶がある。 だが、時代は「整然」を求めた。 結果として屋台は消えた。 それが間違いだったとは言えない。 当時の社会状況を考えれば、極めて妥当な判断だったはずだ。 --- 代替としての川辺のレストラン 広島市は屋台を残さなかった代わりに、川辺の飲食空間を整備した。 京橋川沿いにはいくつかの飲食店が並ぶ。 これは屋台ではない。 しかし、水辺の開放感と都市景観を活かした、現代的な「情緒」の創出である。 合理性と情緒を両立させる別解を提示したと言える。 --- 非合理だからこそ生まれるもの 屋台は非合理である。 ・出るかどうかわからない ・雨なら休む ・席も狭い 現代社会は「確実性」を求める。 営業時間も、在庫も、レビューも可視化される。 しかし屋台は違う。 不確実性そのものが魅力になる。 合理性から見ると欠点だが、体験としては豊かさに変わる。 呉の屋台は、その矛盾を制度で支えている。 衛生は担保しつつ、非合理性は残す。 このバランスが、奇跡的なのだ。 --- 屋台は文化か、問題か 屋台は文化である。 同時に、行政課題でもある。 どちらも正しい。 だからこそ、呉の事例は面白い。 「なくす」でも「放置する」でもなく、「設計した」からである。 屋台は守られたのではない。 制度として再構築されたのだ。 --- 最後に 広島市の人間にとっては、呉市に行けば屋台を体験できる。 しかも衛生的で、情緒がある。 これはかなり恵まれている。 また冬に行きたいが、あそこで飲むと帰りが遠い。 それが唯一の難点だが、その不便さすら、屋台という文化の一部なのかもしれない。
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