屋台はなぜ心を打つのか
今日は「屋台」について話してみよう。
きっかけは、先日放送されたNHKドキュメント72時間だ
取り上げられたのは、呉の蔵本通りに並ぶ屋台群。
これが実に良かった。
この番組は年末に「ベスト72時間」を選ぶ企画があるが、今回の回は上位に入ってもおかしくない出来だったと思う。
屋台は夏よりも冬がいい。
寒さの中で湯気が立ち上がる。
外気と温もりの対比が、空間を濃くする。
合理性では説明できない魅力が、そこにはある。
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屋台は「不衛生」なのか
屋台という業態は、全国的に縮小してきた。
理由は明確で、公衆衛生と交通規制の問題だ。
たとえば博多の屋台は有名だが、世襲制や新規出店制限があったり、水道設備が十分でなかったりという課題が指摘されてきた。
溜め水で皿を洗う時代もあった。
行政の立場から見れば問題意識を持って当然だ。
衛生管理が担保できないものを許可するわけにはいかない。
僕は元行政マンだ。
もし自分が担当者であれば、情緒は理解しつつも「時代に合わない」と判断した可能性が高い。
屋台が全国で消えていったのは、ある意味で必然である。
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呉市の屋台はなぜ残ったのか
呉市の屋台は昭和41年(1966年)に転機があった。
呉市は屋台を蔵本通りに集約し、しかも電気・上下水道設備を市の負担で整備したのだ。
ここが決定的に違う。
・電源はバッテリーではなく正式配線
・清潔な水が使える
・排水設備も完備
つまり「衛生的な屋台」を制度として作ったのである。
屋台は不衛生だ、という前提を裏返したわけだ。
さらに、経営者の高齢化で数が減った際には、公募を行い新規参入を認めた。
多くの自治体が縮小・廃止に向かう中で、呉市は継続を選んだ。
これは極めて戦略的な判断だったと思う。
結果として、他都市にはない独自の魅力が生まれた。
今回の72時間の反響が、それを証明している。
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広島市はなぜ屋台をなくしたのか
一方、広島市の判断は異なる。
平成6年(1994年)のアジア競技大会を契機に、屋台は整理・撤去された。
社会秩序、衛生、交通管理。
行政判断としては合理的である。
かつては広島駅裏や平和大通りに屋台があった。
今のラーメン店「つばめ」も屋台出身だった記憶がある。
だが、時代は「整然」を求めた。
結果として屋台は消えた。
それが間違いだったとは言えない。
当時の社会状況を考えれば、極めて妥当な判断だったはずだ。
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代替としての川辺のレストラン
広島市は屋台を残さなかった代わりに、川辺の飲食空間を整備した。
京橋川沿いにはいくつかの飲食店が並ぶ。
これは屋台ではない。
しかし、水辺の開放感と都市景観を活かした、現代的な「情緒」の創出である。
合理性と情緒を両立させる別解を提示したと言える。
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非合理だからこそ生まれるもの
屋台は非合理である。
・出るかどうかわからない
・雨なら休む
・席も狭い
現代社会は「確実性」を求める。
営業時間も、在庫も、レビューも可視化される。
しかし屋台は違う。
不確実性そのものが魅力になる。
合理性から見ると欠点だが、体験としては豊かさに変わる。
呉の屋台は、その矛盾を制度で支えている。
衛生は担保しつつ、非合理性は残す。
このバランスが、奇跡的なのだ。
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屋台は文化か、問題か
屋台は文化である。
同時に、行政課題でもある。
どちらも正しい。
だからこそ、呉の事例は面白い。
「なくす」でも「放置する」でもなく、「設計した」からである。
屋台は守られたのではない。
制度として再構築されたのだ。
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最後に
広島市の人間にとっては、呉市に行けば屋台を体験できる。
しかも衛生的で、情緒がある。
これはかなり恵まれている。
また冬に行きたいが、あそこで飲むと帰りが遠い。
それが唯一の難点だが、その不便さすら、屋台という文化の一部なのかもしれない。