久しぶりに山陽本線で尾道に行った
今日は、尾道に行ってきたという話をしたい。
移動は往復とも山陽本線を使った。
僕は尾道に行くとき、昔から山陽本線を使うことが多い。
理由は単純で、新幹線を使うメリットがあまりないからだ。
たとえば新幹線だとこだま号になる上、降りるのは新尾道駅になる。
そこから市街地に出るには、さらにバスに乗らなければならない。
時間もそこまで短縮されないし、料金だけ高くなる。
それなら山陽本線がいい。
これが長年の僕のスタイルだった。
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移動時間は「読書時間」でもある
僕が山陽本線を好む理由はもうひとつある。
本が読めることだ。
車で行けば、ポッドキャストやVoicyなど、耳からの学びはできる。
しかし本は読めない。
当然だが運転しなければならないからだ。
バスもあるが、僕の場合、車酔いすることがある。
その点、山陽本線はいい。
揺られながら本を読み、時々窓の外を見る。
ウトウトすることもあるが、またページをめくる。
この時間がとても好きなのだ。
若い頃、青春18きっぷで日本中を旅していた。
当時はインターネットもない。
時刻表を見ながら乗り継ぎを考え、本を読み、外の景色を眺める。
そういう旅が好きだった。
だから今でも、尾道に行くときは山陽本線を選ぶことが多いのだ。
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久しぶりに乗ると様子が違った
今回、久しぶりに山陽本線で尾道へ行ってみて、少し驚いた。
理由は、不便になっていたからだ。
まず便数が少ない。
調べてみると、広島から尾道方面の列車は
だいたい 1時間に1〜2本である。
「あれ、こんなに少なかったかな?」と感じた。
さらに途中の糸崎で乗り換えが必要になる。
行きは途中、点検で10分ほど遅れた。
その影響で、三原での新幹線接続はなし。
新幹線への接続待ちはしない、というアナウンスだった。
糸崎では接続してくれたので問題はなかったが、JRに乗ることが少ない僕でも最近はこういうことが多いと感じた。
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帰りはさらに時間がかかった
帰りはもっと象徴的だった。
とりあえず来た電車に乗ればいいか、と思っていたが、糸崎で乗り換えたあと40分近く待つことになった。
そこから広島までは直通だったが、結果的にかなり時間がかかった。
体感としては、
- 行き:1時間半ほど
- 帰り:2時間以上
という感じだった。
昔は「1時間ちょっと」で着く感覚だったので、だいぶ長くなった印象がある。
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なぜこうなったのか
帰宅して調べてみたところ、理由はいくつかあるようだ。
まず、便数は実際に減っている。
利用者減少の影響で、2021年ごろにダイヤの見直しが行われたらしい。
もうひとつ大きいのが、路線を途中で区切る運行方式になったことだ。
長い距離を一本の列車で走らせると、どこかで遅れが出たときにダイヤ全体が崩れる。
たとえば、
- 落石
- 車両点検
- 災害
こういうトラブルが一度でも起きると、長距離路線は影響が広がりやすい。
そこで、区間ごとに運行を分けるようになった。
その結果、乗り換えが増えたのだ。
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都市圏は増便、地方は減便
もうひとつ興味深いのは、都市圏では逆に便数が増えていることだ。
たとえば広島市内。
五日市駅から広島駅などの区間は、むしろ列車が多い。
理由は単純で、乗り降りする人が多いからだ。
つまりJRとしては、
- 人が多いところは増便
- 少ないところは減便
という合理的な判断をしている。
ただ、これは鉄道ではよくある負のスパイラルを生みやすい。
便数が減る
↓
不便になる
↓
人が使わなくなる
↓
さらに便数が減る
こうして、最終的には廃線に向かう。
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山陽本線は「幹線」ではない?
僕が驚いたのは、山陽本線は日本の幹線ではなかったのか?ということだ。
実際は、すでに幹線として機能していない。
長距離輸送はほとんど新幹線に移っているからだ。
つまり在来線の山陽本線は、
- 地域輸送
- 通勤通学
が中心の路線になっている。
そう考えると、現在のダイヤ構成は自然な流れなのだろう。
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在来線は好きだが
それでも、僕はやはり在来線が好きである。
電車に揺られながら本を読む。
ときどき窓の外を見る。
この時間は、車では得られない。
尾道に行くときも、できればこれからも山陽本線を使いたいと思っている。
ただし、次からは少し工夫が必要だろう。
行きも帰りもあらかじめ便を決めておく。
今日は帰りを決めずに乗った結果、糸崎で40分待つことになった。
来た電車に乗ればいい、という使い方は難しくなっているようだ。
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気づかないうちに変わっている
広島市内で生活していると、こういう変化にはなかなか気づかない。
しかし少し外に出てみると、交通は確実に変わっている。
鉄道も、いつの間にか姿を変えている。
そんなことを感じた一日だった。