はじめに
今日は「タコス」について話をしてみたい。
最近、広島市内でもタコスの専門店が増えてきた。
食べる機会も増えていると思う。
ただ僕は、このタコスという料理が長いことよく分からなかった。
「これはいったいどういう料理なのか」ということが、ずっと腑に落ちなかったのだ。
最近になってようやく、その輪郭が見えてきた。
今日はその話を整理してみたい。
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今日はTex-Mexの話ではない
最初に前提を整理しておきたい。
タコスの話をするとき、必ず出てくるのが Tex-Mex(テックスメックス) という料理だ。
これはメキシコ料理がアメリカに入り、独自に変化した料理のことを指す。
ただ、これを一緒にすると話が非常にややこしくなる。
なので今回は メキシコ料理としてのタコス に限定して話をする。
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タコスは軽食なのか、それとも食事なのか
僕が最初に疑問に思ったのはここだった。
タコスは 軽食なのか、それとも食事なのか。
広島で見かけるタコスは、だいたい直径15センチくらいの小さなトルティーヤに具を乗せて、それを自分で包んで食べるスタイルが多い。
これだと、どう見ても軽食に見える。
例えば僕のような年齢の人間なら、4つくらい食べれば満足する。
しかし若い人なら、もっと食べないと足りないはずだ。
そうすると「ランチとして成立するのか?」「値段とのバランスはどうなのか?」という疑問がずっとあった。
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そもそもメソアメリカには牛も豚もいなかった
タコスの具としてよく見かけるのは
- カルニタス(豚肉のコンフィ)
- スアデロ(牛肉の煮込み)
といった料理だ。
しかしメキシコ周辺の地域、メソアメリカ とには牛も豚も存在していなかった。
豚の祖先は東南アジア周辺のイノシシ。
牛の祖先は西アジアの オーロックス という野生牛である。
つまり、どちらもユーラシア大陸の動物だ。
これらがアメリカ大陸に入ってきたのは、16世紀のスペインによる侵略以降である。
それまでのメソアメリカで家畜化されていた動物は、主に七面鳥だった。
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小麦もまた外来の食材だった
タコスの皮はトルティーヤと呼ばれる。
このトルティーヤには二種類ある。
- コーントルティーヤ(トウモロコシ)
- フラワートルティーヤ(小麦)
広島の店では小麦のトルティーヤが多いが、伝統的なのはトウモロコシになる。
小麦もまた、メソアメリカには存在していなかった作物だ。
小麦の原産地は西アジアで、これもスペイン人が持ち込んだものである。
つまり現在よく見る
- 小麦のトルティーヤ
- 牛肉や豚肉の具
というタコスは、歴史的には比較的新しいということになる。
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トルティーヤは皿だった
ここで重要なのがトルティーヤの役割だ。
メソアメリカでは、トルティーヤで食べ物を包んで食べる文化が何千年も続いている。
つまりトルティーヤは皿の役割を果たしていた。
そこにスペイン人が持ち込んだ肉料理が加わり、それを包んで食べるようになった。
これがタコスの基本構造になるのだ。
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庶民は硬い肉を食べていた
ここで僕はようやく理解できた。
牛や豚を屠れば、
- 柔らかい良い肉
- 内臓
- 硬く筋ばった肉
が出てくる。
当然、柔らかくて美味しい部分は支配層が食べる。
庶民に回ってくるのは内臓や硬い肉である。
そこで生まれたのが煮込み料理だった。
長く煮込めば、硬い肉も柔らかくなる。
カルニタスやスアデロは、まさにそうした料理なのだ。
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屠畜場の近くで生まれた屋台料理
もう一つ重要なのは内臓料理である。
胃袋や舌などを使ったタコスもある。
しかし内臓は傷みやすい。
冷蔵設備のない時代には、屠畜場の近くでしか食べられなかった。
つまり、屠畜場の近くにある、肉が売られている市場の屋台で食べられる料理だった。
これがタコスの屋台文化につながっていく。
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玉ねぎ、パクチー、ライムの意味
煮込んだ肉だけだと、どうしても風味が弱い。
そこで加えられるのが
- 玉ねぎ
- パクチー
- ライム
- 唐辛子
である。
これにより、香り、酸味、辛味、ビタミンが補われる。
炭水化物(トルティーヤ)とタンパク質(肉)に、野菜の要素が加わる。
非常に合理的な構成になっている。
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本場のタコスはかなり大きい
メキシコの動画を見ると分かるが、タコスはかなり大きい。
片手では持てないくらいのサイズで、具もたっぷり入っている。
つまりタコスは 軽食ではなく、しっかりした食事 なのだ。
ただし夜食としてもよく食べられるようだ。
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日本で近いのは鮨かもしれない
日本で近い存在を考えると、僕は鮨を思い出す。
江戸時代の鮨は屋台料理だった。
しかもかなり大きく、おにぎりに魚が乗ったようなサイズだったことがわかっている。
それを屋台で、職人や労働者が食べていた。
つまり当時は決して高級料理ではなかった。
タコスも同じ構造を持っている。
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料理を理解するには歴史が必要だ
今回改めて思ったのは、料理を理解するには歴史が必要ということだ。
例えば広島のお好み焼きでも同じで、その背景を知らなければ、お好み焼きにサーロインステーキを入れるという発想も生まれるだろう。
しかし普通そんなことはしない。
なぜなら僕たちはそれがどういう料理かを理解しているからだ。
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僕たちは歴史の断片しか知らない
僕たちは3000年間の蓄積した味覚を持つことはできないし、そんな人間はいない。
だからこそ、
- 歴史
- 経緯
- 社会構造
こういうものを調べて、今の料理とどう繋がっているのかを理解するしかない。
そうすることで、その料理の本質が少し見えてくる。