楽しい文化史の第2回は、白鳳文化①です
が、その前に、飛鳥文化の広隆寺半跏思惟像でしておきたかったお話
最初の国宝として有名な仏像ですが、昭和35年という古い話ですが、とある大学生がつい触って、あの指先が折れちゃったという嘘みたいな話があります
そういえば法隆寺に落書き(うっすら線刻)を見つけたことがありました。ダメですよ国宝に
さて白鳳文化には、こういう文化財の保護の大切さ」にまつわるお話が多いんです
高松塚古墳壁画は1970年代に発見されて国宝になりましたが、外気に触れることによる劣化が懸念され、それこそ秘仏中の秘仏みたいな扱いで厳重に管理されてきましたが、やっぱり劣化してしまい、修復しないといけなくなりました
法隆寺金堂壁画は、インドの石窟寺院の壁画と類似していると言われ、当時の貴重な絵画でした。
終戦後はやい時期に、金堂壁画を模写して残そうということになり、画家たちが頑張っていたのですが、その最中に火災で燃えてしまいました
この反省から作られたのが文化財保護法、重要文化財という制度です
そして、全く反対の話題ですが、興福寺仏頭について
これ、薬師如来の頭で、頭だけでほぼ1メートルあります。
室町時代の火災で頭だけ焼け残ったもので、それも昭和初期になって発見されたというから、見つけた人はどんだけびっくりしたやら。
もとはたぶん座像で、それでも高さ4メートルくらいになります。しかも金銅像!重い!
さらに凄いのは、これ、もともとは藤原京近くの山田寺、蘇我倉山田石川麻呂のために建てたお寺の薬師如来像でした
それがなぜ奈良の興福寺にあるかというと、興福寺の僧たちが略奪してきたから
12世紀末に平家との戦で南都は焼かれてしまいました。その再興に良い仏様はないかなと、で、山田寺から奪ってきた。しかも、この時期に山田寺は焼亡してしまっていて、どうも滅ぼされちゃったみたいです
それにしても、何トンもしたであろう金銅像を、奈良盆地の南から北まで人間たちが運んで行った姿を考えると、笑って良いのか呆れて良いのか、って感じです
次回は白鳳文化②です #日本史 #白鳳文化