楽しい文化史第5回、天平文化①です
天平文化といえば東大寺、と言いたいところですが、二度の戦災で多くの建物が焼失してしまいました。
修復は受けつつも、奈良時代から現存しているのは、法華堂と正倉院と転害門です
いずれも東大寺の中央から大きく離れたところにあります
現在の法華堂は向かって左、北側が奈良時代、右側は鎌倉時代に増築された建物です
現地に行けばよく分かりますが、写真で見ても、屋根瓦の色や床下の部分が、左右で違うのが分かりますよ
実はこれを私のnoteのプロフィール写真に使っています。色の違いを確認してみてください
正倉院宝庫は、大きいです。床下2.4mあります。外観だけ拝観できます。無料ですが平日のみなのが難点です。
有名な宝物はこの中に1000年以上も保管されてきたのですが、さすがに現在は空調管理の新宝庫に移されていて、中は空です。
一度だけ内部の見学に参加する幸運に恵まれました。
伽藍配置というものがあり、塔・金堂などの配置に何通りかのパターンがあります
時代による変化で割と分かりやすのが、「塔が中央線から外れていく」話です
そもそも最初は塔は寺の中心で、当然一つでした。ところが薬師寺あたりから左右2つの塔に分かれ、
伽藍の中心、中門の内側から外側へと外側へと、場所が移っていきます
東大寺にも東西の塔がありました。いまは大きな土壇が残るだけです。礎石も残っていません。
ただ、その土壇の大きさから推定して、80mとか100mとかの巨大な塔だったと推定されます
現存する最大の塔は京都東寺のもので、約55mです
東大寺は全国総国分寺です。国分寺には七重塔がなければならないからです
実は1970年の大阪万博の時、古河グループ、足尾銅山で有名なあの古河です、
その古河パビリオンが、この七重塔を復元したものでした。
残念ながら現存しませんが、てっぺんにあった相輪だけが、東大寺大仏殿のすぐ東隣に置かれています
ぜひ行ってみてください。大きさに圧倒されますよ。
唐招提寺や法隆寺などにも天平建築は現存します
ユニークなのは唐招提寺の講堂です。この建物は「再利用」で、平城宮の改修にともない、使わなくなった朝集殿を転用しています。
いまは立派な伽藍のならぶ唐招提寺ですが、当初は、鑑真の功績の割には、厳しい状況だったようです
ただ、おかげで現存する唯一の宮殿建築遺構となっています
橘諸兄や大伴家持、藤原仲麻呂たちが、若い頃にはここの柱に触ったかもしれません
次回は天平文化②です。仏像を見てみましょう
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