伊藤まこさんからのご縁で、白石太志さんの合気道/中心帰納を葉山で体験。そこでの驚きと日常のパターンに気づいたことを話しています。
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昨日、はじめて合気道を体験させてもらった。
きっかけは、
2週間くらい前に出会った
伊藤まこさんの投稿。
「わからないことをわからないまま楽しむ」
という言葉と表現に惹かれて。
葉山で、
中心帰納を重きに置いた
合気道の体験があると知って、
最近、
身体性から精神性/霊性を探っていくことが
自分の探求テーマだと思っていたので、
僕は、これに参加することにした。
そして昨日、
実際に自分の身体で体験してみて、
もう、とにかく驚いた。
映像などで見る合気道では、
人がいとも簡単に投げ飛ばされていくのを見て、
どこかで「演武なのかも」と解釈する自分もいた。
でも、自分が体験してみると、
「こんなことになるんだ」
という、笑いが出てくる感じ。
普通に手を持たれたり、
ちょっと引っ張られたりするくらいでは
全然大丈夫なのに、
白石さんの「あの目」になった瞬間、
もう、その空間ができていて、
自分から崩れていく。
バランスが崩れて、
立っていられなくなる。
頭の中は、
「これは何なんだ?」
で大混乱(笑)。
言葉にする限界を感じるような、
けれど、笑いと喜びが出てくる
身体体験をさせてもらった。
そして、もうひとつ。
今回の体験の中で、
自分自身についての発見があった。
白石さんから教えてもらった、
3つの働きの中にあった
「相互依存」というもの。
人と手を合わせていると、
普通はその「接点」を感じる。
でも、中心帰納が始まると、
その接点がなくなっていく。
すると僕は、
思わずその接点を探しにいく。
「あれ、接点がない」
となった瞬間、
狼狽して、
接点を求めていく。
そのとき、
「あ、これかもしれない」
と思った。
僕は人と響き合うことが好きだ。
人との間にある接点や重なりから
何かを一緒につくっていくことが
命の喜びだと思っている。
でも、
「響き合っていなければならない」
となったら、
当然、窮屈で不自然になる。
接点がなくなったときには、
慌てて相手との接点を探しに行くのではなく、
自分に戻ればいい。
そのとき戻る場所が「自分の中心」なんだと思う。
「中心帰納」
これを、理解したとは到底言えない。
言葉で言うのは簡単だけど、
「じゃあ、中心に戻るってどういうこと?」
それを身体感覚として、
これから少しずつ探っていきたい。
今回、身体での体験を通して、
普段の自分のパターンを自覚する機会をもらえた。
やっぱり、
身体って面白い。
実際に体験してみることでしか
わからないことがある。
昨日は、そんなことを
あらためて感じた一日だった。
「わからないことをわからないまま楽しむ」
その言葉から始まった、
はじめての合気道体験。
いやー、
本当に驚きだった。
<関連リンク>
伊藤まこさん Facebook投稿
https://www.facebook.com/permalink.php?story_fbid=pfbid02U2DuykCc7oE2YRmgsXMinBDFegxQR5vrzNCDYt1cTfooSddBvFqmT21EiY91ykhil&id=100072492549140
白石太志さん 合気道無元塾
https://mugenjyuku8-aiki.jimdoweb.com/