はじめに
「まだWBCの話をしているのか」と思われるかもしれないが、やはりトップレベルのスポーツというのは何度振り返っても面白い。
今回の大会は、個人的に非常に印象深いものとなった。
というのも、優勝したのがベネズエラだったからだ。
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ベネズエラという国の現在地
ベネズエラと聞いて、すぐに具体的なイメージが浮かぶ人は、日本ではそれほど多くないのではないだろうか。
南米大陸の北端、アメリカに比較的近い位置にあるこの国は、かつて「将来が約束された国」とまで言われていた。
転機は1920年代。
大規模な油田の発見である。
これによってベネズエラは一気に資源国家としての道を歩み始める。
しかし、その選択は同時に大きなリスクも孕んでいた。
石油収入に依存し、農業や製造業といった国内産業が衰退していったのである。
いわゆる「オランダ病」と呼ばれる現象だ。
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繁栄から混乱へ
資源に依存する経済構造は、長期的な安定をもたらさない。
ベネズエラでは貧富の差が解消されず、その不満の受け皿として社会主義路線へと舵が切られていく。
チャベス政権の誕生である。
しかし、その後も経済は改善されず、むしろ悪化。
現在では多くの国民が国外へ流出する、いわば「国を捨てる」という選択を余儀なくされる状況にまで至っている。
かつては南米で最も豊かになると言われた国が、約100年にわたって混乱を抱え続けているのである。
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なぜ野球なのか
そうした環境の中で、多くの若者が見出した活路が「野球」だった。
ベネズエラはアメリカに近く、言語的・文化的にも比較的接続しやすい環境にある。
そのため、野球を通じてメジャーリーグへと進出し、成功する選手が数多く生まれてきた。
これは単なるスポーツの話ではない。
国家の構造的な問題と、個人のサバイバル戦略が交差する地点に野球があった、ということだ。
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WBC優勝という出来事
そんなベネズエラが、アメリカ発祥のスポーツである野球の世界大会で優勝する。
しかも舞台はマイアミ。
中南米から多くの観客が集まり、異様なまでの熱気の中での決勝だった。
アメリカも間違いなく強かった。
3回戦えば勝敗は分からない、まさに拮抗した実力同士の対決である。
その中でベネズエラが勝った。
この事実に、単なる勝敗以上の意味を感じた人も多いのではないだろうか。
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スポーツがもたらすもの
印象的だったのは、勝ったベネズエラの選手たちの感情の爆発と、負けたアメリカの選手たちの受け止め方である。
歓喜と、沈黙。
そのどちらもが極めて「正しい」姿に見えた。
スポーツには、政治も経済も超えて、結果を受け入れるための共通ルールがある。
そのルールの中では、どんな大国であっても負けるときは負ける。
そして、負けを受け入れる文化がある。
この当たり前のようでいて、現実世界ではなかなか成立しない構造が、スポーツの中では成立している。
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混沌の世界と、スポーツの役割
現在の世界は、混沌としている。
国家間の関係は不安定で、何が正しいのか分かりにくい状況が続いている。
そうした中で、スポーツが提供する「明確なルール」と「納得できる結果」は、ある種の精神的な拠り所になり得る。
ベネズエラの人々にとって、この優勝がどれほどの意味を持つかは想像に難くない。
数日かもしれないが、明日を生きるための確かなエネルギーになるはずだ。
それをスポーツが生み出している。
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おわりに
今回のWBCを見て、改めて思った。
スポーツはいい。
極論すれば、争いごとをすべてスポーツで決められたらどれほど良いだろうか、と思ってしまうほどである。
もちろん現実には不可能だが、少なくともスポーツが示している「フェアネス」と「受容」の精神は、社会にとって重要なヒントになるはずだ。
そんなことを、少しだけ考えさせられる大会だった。