奇跡の道(A Course in Miracles)の解説です。今日はテキスト第1章5節の4-6段落を解説してみました。みなさんのお役に立てたら嬉しいです。質問やコメントをお待ちしております。解説・川上貢一(コオ)
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3、本日のテキスト
4 究極的には、神の家族はひとりのこらず必ず戻るべきである。2 奇跡は、たとえその⼈は⾃分が霊のうちにあると気づいていないとしても、なおその⼈を祝福し尊ぶので、⼀⼈ひとりに戻ってくるようにと呼びかける。3「神をあなどってはならない」とは、戒めではなくて安⼼させようとする励ましのことばである。4 もし神に創造されたものがすこしでも神聖さに⽋けていたら、神はあなどられているということになるであろう。5 神の創造は完全であり、完全であるという印こそが神聖なすがた。6 奇跡は御⼦としての⾝分を肯定する表現であり、その⾝分とはすべてが完了し、満ち満たされたるすがたである。
5 真実であるものは永遠であり、変わることはできないし、変えられてしまうこともない。2 したがって、霊はすでに完全であるから変更できないものであるが、⼼はみずから仕えたいと思うものを選べる。3 その選択をするばあい唯⼀の制限は、⼆⼈の主⼈には奉仕できないということ。4 もし⼼が選ぶなら、霊のなかだちとなれるのだが、それは霊が⾃らの創造⽅針にしたがって創造するなかだちをするということ。5 もしこうすることを⾃由に選ばないとすれば、⼼はそれ⾃体の創造的可能性を保持するとはいえ、⾃らを権威ある御⽅の⽀配下ではなく圧制的に⽀配するものの下におくことになる。6 その結果、閉じ込められてしまうことになる、暴君はとかくそんなことを命ずるものであるから。7 ⼼を変えるとは、⾃分の⼼を真の御権威者が⾃由になさるに任せるとの意味である。
6 奇跡はそうした⼼が私に導かれてキリストに仕えることを選んだ、というしるし。2 キリストとして満ちあふれたすがたこそ、キリストに従うことを選んだ当然の成果である。3 浅い根はすべて根こそぎにしなければならない、あなたを⽀えるには⼗分な深さではないのだから。4 浅い根はもっと深くできるし、そうすれば持ち堪えさせられると錯覚するのはゆがんだ⾒かたの⼀つだが、これは⻩⾦律を逆にするもとになる。5 こうした間違った⽀えを放棄するにしたがって、⼀時的に気持ちが落ち着かなくなる。6 しかしながら、ものごとをさかさまに⾒て、それを⽅向づけようとすることほど不安定なことはない。7 ましてやそれを逆にしたままで⽀えておいて、安定感を増す助けになるものなど何もないのである。
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