奇跡の道(A Course in Miracles)の解説です。今日はテキスト第2章1節の4-5段落を解説してみました。みなさんのお役に立てたら嬉しいです。質問やコメントをお待ちしております。解説・川上貢一(コオ)
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第2章「分離と贖罪」
4 恐れというものはみな、結局のところ、⾃分は神の⼒さえ奪う能⼒をもっていると基本的に誤って知覚することからくる、と集約できる。2 もちろん、あなたにはそんなことはできもしないし、為し得てもいない。3 これこそ恐れから逃れるための本当の根拠となる。4 贖罪を受け⼊れることによって恐れから逃れることができるし、この贖罪が⾃分の誤りは決して実際には起こらなかったと悟らせてくれる。5 アダムはただぐっすりと寝込んでいるあいだに、悪夢を経験できるというわけだ。6 もし、だれかが恐ろしい夢を⾒ている最中に突然明りがついたら、とっさにその明り⾃体も夢の部分だと判断して怖がるかもしれない。7 しかしながら⽬覚めたときには、その光は夢から解放されたということだと正しく知覚し、もはやそんな夢を実在だとは認めない。8 こうして解放されることは錯覚に左右されるわけではない。9 光明を投ずる知識があなたを⾃由にするだけでなく、たしかに⾃由だということをあなたにはっきりと⾒せてくれる。
5 あなたがどのような嘘や偽りごとを信じようが、それは奇 跡にとって問題ではなく、どれも同じように容易に癒すことがで きる。2 奇跡は誤って知覚されたものごとを区別しようとはしない。3 ただ関⼼があるのは、対⽴している真理と誤りとを⾒分けることだけだ。4 ある奇跡はその規模がほかのより⼤きいように思えるかもしれない。5 しかしこの奇跡の道が説く第⼀の原理を忘れないでほしい、奇跡に難しさの順序はないのである。6 実在において、あなたは愛を⽋いているどのような表現にも、まったく影響されてはいない。7 こうした表現は、⾃分とほかの⼈たちからの表現だったり、⾃分からほかの⼈たちへの表現だったり、ほかの⼈たちから⾃分への表現だったりする。8 平安はあなたの中にある属性。9 それを外に⾒いだすことなどできないのである。10 病気になるのは何かを外に捜し求めようとしているすがたともいえる。11 健康であるとは⼼が平安であるということ。12 それはあなたが外⾯の愛に⽋けたものごとによって動揺させられることなどなくし、そのうえあなたが奇跡を受け⼊れることで、ほかの⼈たちに愛が⽋けているために⽣ずる状況なども正せるようになるのである。
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