奇跡の道(A Course in Miracles)の解説です。今日はテキスト第1章6節の1-5段落を解説してみました。みなさんのお役に立てたら嬉しいです。質問やコメントをお待ちしております。解説・川上貢一(コオ)
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3、本日のテキスト
六 必要性についての錯覚
1 平安を得たいと望むなら、ただ完全に許すことによってのみ、それを見いだせる。2何を学ぶにしても、それを学びたいと望み、また自分にとって必要だと何とか信じないかぎり、何をも自分のものにはできない。3神の創造には不足するものなどないのに、あなたが作ったものには不足するものがあることはきわめて明白である。4実のところ、これこそ本質的な違いだろう。5何かに不足しているということは、現状から抜けだして自分を他の状態においてこそ、幸せになれるということを暗に示している。6「人類の堕落」を意味する「分離」が生じるまでは、何も不足していなかった。7必要なものなど全くなかったのである(S- 30)。8必要に迫られるのは、ただ自分で自分のものを拒むときだけだといえる。9自分にとって必要なものを特定の順序に設けておいて、それに従って行動しようとする。10そうするにしても、まず自分のことを何であると知覚するかによって左右されるのである。
2 神から分離しているとの思いこそ、自分は不足していると思わせるもとであり、実にあなたに正す必要があるのはただこれだけだといえる。2こうした分離感は、もしあなたが自分で真理について知覚したことを歪めておいて、自分には何か欠けていると知覚したりなどしなかったなら、決して生じなかったはずだ。3必要なものに順序があるとの想念が生じたというのも、そうした基本的な誤りをして、すでに自分を異なることを必要とする段階へとばらばらにしていたからである。4そんな自分を統合するに従って一つになるのであり、そうすることで必要だと思うものも一つになる。5必要なものが一様となれば、行動のしかたも統一されたものになる、そうすることが葛藤のない状態をうみだすのであるから(S- 31)。
3 必要なものに順序があるとの想念自体は、人は神から分離できるという最初の誤りにひき続いておきるのだが、まずそうした想念のある段階においてそれを訂正する必要があり、その後で段階を仮にも知覚するという誤りそのものを正すことができる。2あなたが異なった段階で役目を果たしているうちは、効果的には振る舞えない。3しかしながら、そうしているうちは、まず一番下のところから上にむかって訂正を始めなければならない。4それというのもあなたが「上」や「下」といった概念に意味があるとする、空間に生きていると思っているからである。5究極的には空間も時間と同じように意味がない。6両方とも単に信じ込んでいるにすぎないこと。
4 この世の本当の目的はそれを使って、あなたが信じられないと思っているのを正すことである。2恐れが及ぼす影響を自分で抑制することは決してできない、というのも恐れを作ったのは自分であり、そのうえ自分の作ったものを信じているからだ。3とすれば、あなたの態度は内容は違っているが、御創造主に似ている、それというのも御創造主は創造なさったものに対して、自らが創造したのだからといって、完全な信頼を持っておられるからである。4信じるということが、何かが存在するということを受け入れさせる。5だから他には誰も真実だと思わないことでも信じられるわけだ。6それが自分にとっては真実だというのも、それを作ったのは自分だからである。
5 恐れに関して心に映ることは、すべて創造の段階では存在しないものであるから真実ではない、従ってそれはまったく存在しないのである。2この評価の仕方を自分でどの程度まで信じる気になるにせよ、その範囲内で自分がどう知覚するかを正せる。3奇跡は間違ったものを真実であるものから、次に述べることに基づいて選り分ける。
4完全な愛は恐れを取り除く(S -32)。
5もし恐れが存在すれば、
完全な愛はないことになる。
6しかしながらー
7完全な愛だけが存在する。
8もし恐れがあれば、
それは存在しない状態を生み出す。
9これを信じればあなたは自由になるであろう。10こうした解決法を設けることができるのは神だけであり、こう信じる心こそ神の賜物である(S- 33)。
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