京都市伏見区の納所(のうそ)。淀古城(よどこじょう)を訪ねても、石垣や土塁はまず見つかりません。
住宅地に囲まれた妙教寺(みょうきょうじ)の境内に、「淀古城址」の石碑が立つばかりです。
ここは豊臣秀吉が側室・茶々の産所とし、鶴松が生まれた城。茶々がのちに「淀殿」と呼ばれる、その名の舞台でした。
けれども足元に目を移すと、坂、水路、五番ノ橋、淀小橋旧趾、そして「北城堀」「南城堀」という地名。
どれか一つでは弱い手がかりも、地図の上で重ねると、川に守られた城の輪郭がぼんやり現れます。
「見る城」ではなく「町の記憶を歩いて読む城」を、残念と魅力の両面からご紹介します。
00:00 オープニング
00:40 淀古城の基本情報
01:15 歴史① 畿内の争奪戦の舞台に
02:02 歴史② 淀殿の名の舞台、そして廃城へ
02:57 残念① 城の形が、ほとんど見えない
03:43 残念② 近くの「淀城」と間違えやすい
04:32 残念③ 坂も水路も、堀跡とは限らない
05:25 魅力① 妙教寺で、戦国と幕末が重なる
06:13 魅力② 納所川を「南の線」として見る
06:54 魅力③ 淀小橋旧趾で、消えた宇治川を渡る
07:47 魅力④ 住所に残る「北城堀」「南城堀」
08:36 まとめ 足元から姿を現す城
▼元記事(Note連載「残念すぎる日本の名城」第126回)
https://note.com/just_tucan4024/n/nc1c05d830ce2
※動画内の写真は現地で撮影したものです
※音声はAIで生成しています(VOICEVOX:冥鳴ひまり)
※画面右下のキャラクターは「ミレイン」。生成AIで動かしています
※スライド・動画は自動生成パイプラインで制作しています
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