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快食ボイス685・自己実現の料理と、客を満足させる料理の違い

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いい店なのに、なぜ引っかかるのか はじめに断っておくが、今日訪れた店は「悪い店」ではない。 むしろ、値段と内容だけを見れば、かなり頑張っている店だ。 広島市内で勢いのある飲食店グループからスピンアウトした方が始めた店。 店頭のメニューを見る限り、「この価格でこれを出すのか」と思わせる内容だった。 情報もほとんど出回っていない開店直後のタイミング。 だからこそ、先入観なしで行ってみた。 結論から言うと、料理自体は決して悪くなかった。 ただし、「この内容ではお客は定着しないだろうな」という感覚が、食後にはっきり残った。 --- 品数の多さが、満足感につながらない理由 この日の料理は、ご飯と汁物を除いておかずが9品。 量としては十分すぎるほどで、写真に撮れば間違いなく豪華に見える。 しかし、そこに「主役」がなく、決定的な欠落があった。 熱々の料理が、ほとんど存在しなかったのだ。 寒い日だったにもかかわらず、温かいのは汁物だけ。 それ以外は冷たいか、温いか、そのどちらかだった。 --- 氷水と熱々料理の関係 店では氷水が出された。 それ自体は悪くないし、僕は普段、好んで氷水を飲む。 だが、氷水が本領を発揮するのは暑い夏か、料理が熱々なときである。 熱い料理を頬張り、口の中にたまった熱を水で冷やす。 このリズムがあるから、熱々の料理が食べやすく、おいしく感じる。 逆に、冷たい料理が中心なら、温かいお茶(ほうじ茶でも麦茶でも)が欲しくなる。 このあたりの組み合わせは体験価値の話だ。 そしてこの店は、その体験設計がほとんど考えられていなかった。 --- コストパフォーマンスと体験価値は別物である 使っている食材は良い。 原価的には、かなり高いコストパフォーマンスだと思う。 しかし、コスパが良いことと、満足感が高いことは一致しない。 この値段でこの内容ならお得でしょう?という発想は、写真や数字の上では成立する。 だが、食事は体験である。 温度、タイミング、リズム、季節感。 それらが噛み合って初めて「満足した」と感じる。 見た目は豪華。 だが、食べ終わると妙に物足りない。 そのズレが、はっきりと存在していた。 --- 女性客のほうが、この違和感に敏感だ これはあくまで経験則だが、体験価値への感度は、女性のほうが圧倒的に高いと感じている。 「いい食材を使っているからお得」「品数が多いから満足」そういった理屈よりも、食べている時間そのものが心地よかったかを、正確に見ている。 この店も、「この値段でこれだけ出しているのに、なぜ満たされないのか」という感覚は、きっと多くの女性客が共有するだろう。 --- 自己実現の料理と、客の満足感 店を始めたばかりの高揚感。 それはよくわかる。 これだけのものを、この値段で出しているという誇りも理解できる。 だが、店は自己実現の場である前に、客の満足感を生み出す場でなければならない。 今日の料理は、「ほら、すごいでしょう?」という自己実現の匂いが強かった。 しかし、客が求めているのは、そこではない。 --- 続く店であってほしいという、客のわがまま 赤字で出してほしいわけではない。 無理をしてほしいわけでもない。 むしろ逆だ。 ちゃんと儲けて、ちゃんと続いてほしい。 続く店だからこそ、安心して通える。 続く店だからこそ、人に紹介できる。 「今だけすごい店」は、客にとっても不幸なのだ。 --- 継続性こそが、紹介の基準になる 私が紹介したい店は、1年後、2年後に行っても、同じように食べられる店だ。 もちろん、物価が上がれば多少の値上げはあるだろう。 それでも、体験の質が大きく変わらない店。 正直に言えば、今日の店が半年後、同じ内容を続けられているかは疑わしい。 だから、今はまだ紹介できない。 --- 可能性があるからこそ、惜しい ただし、すべてが悪かったわけではない。 9品の中には、明らかに素晴らしい料理もあった。 腕はあるので方向さえ整えば、良い店になる可能性は十分にある。 少し冷静に。客の体験に目を向けてほしい。 そうなったときには、私は心から「ここは良い店だ」と紹介したい。 そうなることを、心から願っている。
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