はじめに
昼食で入った店で、ふと耳にした会話の話だ。
それは、よくある日常会話でありながら、実はかなり危うい認識を含んだものだった。
ワンオペで店を切り盛りしている40代ほどの男性と、常連と思しき60代の男性。
前者が「今年はがん検診を受けようと思っている。家系的に心配なので」と話したところ、後者がこう返した。
「がんは遺伝なんて関係ない。何を食べているかで決まる。コンビニ弁当ばかり食べてたらすぐがんになる。YouTubeを見ろ。医者がちゃんと解説している」
それに対し、店の人は「そうですよね」「今は2人に1人ががんになりますしね」と相槌を打つ。
そのやり取りを聞きながら、僕は心の中で「まてまてまてまて!」と呟いていた。
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食べ物でがんになる、は本当か
まず整理しておく必要がある。
「食べるものががんに関係するか」と言えば、関係はある。
これは否定しない。
例えば、度数の高い酒をストレートで長年飲み続ければ、咽頭がんのリスクは確実に上がる。
実際に、そうした生活習慣とがん発症の関連が強く疑われる事例は存在する。
ただし、それは「これを食べたらすぐがんになる」という話とはまったく別物である。
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がんとは何か――コピーエラーの話
がんとは、端的に言えば細胞のコピーエラーである。
人間の体では、日々無数の細胞分裂が行われている。
その際、遺伝子情報のコピーが行われるわけだが、通常は非常に精度が高い。
しかし、
・炎症が起きている
・細胞分裂が過剰に起きている
・加齢によってエラー率が上がる
といった条件が重なると、コピーエラーが起きやすくなる。
多くのエラー細胞は、そのまま死滅する。
また、免疫システムが早期に排除する。
だが、一部が異常増殖を始めると、いわゆる「がん化」が起きる。
つまり、がんは「おかしな遺伝子コピーが、生き残ってしまった結果」なのだ。
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遺伝は関係ない、は乱暴すぎる
この構造を考えれば明らかだが、遺伝が関係しないはずがない。
・エラーが起きやすい体質
・修復機構の弱さ
・特定のがんにかかりやすい素因
これらは、かなりの部分が遺伝的要素に依存する。
食べ物も関係する。
遺伝も関係する。
生活習慣も関係する。
どれか一つだけで語るのは、あまりにも雑である。
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保存料は「完全な悪」ではない
よくある話に「保存料=がんになる」という単純化がある。
だが、保存料はそもそも食中毒を防ぐための技術である。
毒性の強い物質であれば、そもそも食品として認可されない。
もちろん、私自身も保存料たっぷりの食品を積極的に食べたいとは思わない。
しかし、保存料は「食中毒のリスク」と「添加物のリスク」のトレードオフの中で使われている。
完全な悪者ではない。
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YouTube医療とエコーチェンバー
問題はここからだ。
YouTubeにはレコメンド機能がある。
一度、陰謀論めいた医療動画を見ると、次々と似た動画が流れてくる。
そうすると、「これが世の中の常識なのだ」という錯覚が生まれる。
いわゆるエコーチェンバーである。
しかも厄介なことに「医者が言っている」という権威が乗っかる。
だが、優れた医師はYouTubeで自説を発表しない。
学会で発表し、専門家同士で検証され、再現性が確認されたものだけが標準治療になる。
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標準治療とは何か
標準治療とは「このがんには、この治療法が最も生存率が高い」という、現時点での最適解である。
それは個人の体験談ではない。
サンプル数1の成功談でもない。
もし初期段階で
・民間療法
・食事療法だけ
・怪しい理論
にすがって治療のタイミングを逃せば、取り返しがつかない。
実際、それで亡くなった有名人は何人もいる。
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「2人に1人ががんになる」の本当の意味
よく言われる「2人に1人ががんになる」という言葉も、誤解されやすい。
がんはコピーエラーであり、年齢とともに確率が上がる。
平均寿命が伸びた結果、がんで死ぬ人が増えたに過ぎない。
戦前は感染症。
戦後は脳血管疾患。
そして現代はがん。
これは医療の進歩の裏返しでもある。
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食事・塩分・リスクの話
日本の食生活は、歴史的に塩分過多になりやすい。
地域差も大きい。
ただし「塩分を極端に恐れる」のも違う。
食べる喜びをすべて削ってまで、ゼロリスクを目指すことはできない。
リスクは常に取り方の問題である。
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最後に――科学的に考えるということ
命に関わる話ほど、科学的に考える力が必要になる。
これは頭の良さの問題ではない。
普段から、正しい知識を自分の中にインプットしているかどうかだ。
非常時に、ゼロベースで判断できるかどうか。
それが、生死を分ける場面もある。
人生は有限で、死因は選べない。
だが、生きている時間をどう使うかは選べる。
YouTubeのトンデモ医療に時間を奪われるより、きちんと考え、きちんと食べ、きちんと生きる。
それが、今の時代における一番の養生なのではないかと、僕は思う。