はじめに
三連休の旅行記の続きである。
前回は靖国神社と遊就館について書いたが、今その際に合わせて訪れた場所、そして茨城で巡った施設について触れていきたい。
いずれも、いわゆる「観光地」としては決して派手ではない。
しかし、日本という国の思想、学問、産業を考えるうえで、非常に示唆に富んだ場所ばかりであった。
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湯島聖堂という「日本の学問の源流」
長年行きたいと思っていた場所の一つが湯島聖堂である。
「聖堂」と書いて「せいどう」と読む。
江戸時代から続く、儒学の学問所だ。
ここには孔子廟があり、儒学の祖である孔子が祀られている。
儒教というと宗教のように語られることもあるが、ここで扱われてきたのは、より正確には「儒学」、すなわち統治と倫理、学問の体系であった。
さらにこの場所は、単なる思想施設にとどまらない。
- 昌平坂学問所
- 日本最初期の博物館(東京国立博物館の源流)
- 高等師範学校(現・筑波大学のルーツ)
- 高等女子師範学校(現・お茶の水女子大学のルーツ)
こうした、日本の近代教育の原点とも言える機関が、ここから生まれている。
それにもかかわらず、目の前の神田明神が人で溢れている一方で、湯島聖堂は驚くほど静かであった。
観光地としての人気は、正直ほとんどない。
だが、その静けさが実に良い。
屋根の鬼瓦の場所で睨みをきかせる虎、「杏壇」と書かれた門、一つ一つの意匠に意味があり、それをChatGPTに解説してもらいながら歩く時間は、非常に贅沢な体験であった。
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湯島聖堂と中国料理研究部
さらに興味深いのは、戦後の湯島聖堂で中国料理研究部が開かれていたことである。
https://dancyu.jp/series/yushimaseidonoryoricho/
ここで発行された『中国菜』という書籍は、戦後日本における中国料理理解の礎となった。
現在では入手困難だが、「日本化された中華」ではない、リアルな中国料理がここで研究されていた。
その流れを汲む料理人は、今もなお存在している。
私が実際に訪れた中で最も印象深いのは、閉店した「知味 竹爐山房」だ。
店主の山本豊さんは日本における中国料理研究の生き証人のような存在だ。
店を訪れた時、山本さんの著書を持参してサインをいただいたこともあり、この中国料理研究部という存在には以前から強い関心があった。
そういう意味でも、湯島聖堂は「ようやく来ることができた場所」だった。
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原子力科学館――面白さと違和感
次に訪れたのは、茨城県東海村にある原子力科学館である。
東海村といえば、福島第一原発事故以前に起きたJCO臨界事故の現場である。
展示を見ていると「雑」という言葉が思わず浮かぶほど、杜撰な管理と判断の積み重ねで起きた事故であったことが分かる。
正直に言えば、この施設自体はあまりおすすめしない。
ただし、一つだけ例外がある。
霧箱である。
https://kiribako-rado.co.jp/
これは、放射線がどのように飛んでいるのかを可視化する装置で、自然界にこれほど多くの放射線が存在していることを直感的に理解できる。
実物が動いているのを見る体験は、非常に面白かった。
一方で、展示全体の構成には強い違和感が残った。
- 子ども向けの説明と、専門知識前提の解説が混在している
- 事故の責任が「現場」に押し付けられ、マネジメントの問題が曖昧にされている
二つ目は、靖国神社・遊就館で感じた違和感と通じるものがあった。
放射線は、火と同じである。
便利だが、扱いを誤れば危険になる。
その「レベル」の話が、きちんと整理されていない印象を受けた。
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日鉱記念館──圧倒的に素晴らしい展示
そして、今回の旅で最も印象に残ったのが、日立市北部、山中にある日鉱記念館である。
正直、ここまで素晴らしいとは思っていなかった。
日立鉱山を起点として、
- 日立製作所
- 日本産業 → 日産自動車
- ENEOS
- ニッスイ(日本水産)
などにつながる系譜が、非常に分かりやすく、かつ誠実に展示されている。
鉱山ではガソリン機関が使えないため、電動モーターが発展する。
そこから日立製作所が生まれ、日本の重電産業を支える存在になっていく。
さらに、この展示の素晴らしさは「負の側面」から逃げていない点にある。
鉱害、公害、住民の苦しみ。
それらがきちんと記されていた。
久原房之助という人物は、強烈な志と同時に、冷酷さも併せ持った存在だったのだろう。
国家を豊かにするために、どこまで目をつむれるのか。
鉱山開発とは、そういう覚悟が問われる事業でもある。
私は結局、閉館時間まで2時間以上滞在し、それでも時間が足りなかった。
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地元の人が知らない名所
夜、日立市の居酒屋「忠」でこの話をすると、地元の人ですら
「そんなに良かったの?」
「行ったことない」
という反応だった。
それがまた象徴的である。
本当に価値のある場所ほど、派手さがない。
現在、日立グループも、日産も、決して楽観できる状況ではない。
円高による産業空洞化、工場の海外移転、その結果としての地方の衰退。
だが、そのルーツを知ることで、今がどこに立っているのかが見えてくる。
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おわりに
湯島聖堂、原子力科学館、日鉱記念館。
一見、バラバラな場所だが、すべて「日本の近代」を構成する現場だった。
思想、科学、産業。
その光と影を、自分の足で確かめることができた。
派手さはないが、強く記憶に残った。