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吾輩はまた、あの色褪せた絵巻物(歴史の流れ)を凝視してみた。そこに、一際怪しげな、しかし気高い空気を纏った女子(おなご)が座っておる。名は「卑弥呼」というそうだ。
呪術で人心を操る女王
三世紀、まだ日本が「倭(わ)」と呼ばれていた太古の昔、邪馬台国なる国を治めていたのがこの卑弥呼である。人間という生き物は、理屈に合わぬことを恐れるくせに、不思議な力には滅法弱い。彼女は「鬼道」という呪術を用いて人々を魅了し、国中が乱れた「倭国大乱」の後に、女王として担ぎ上げられたという。
吾輩たち猫が鳴き声一つで人間を跪かせるのと似ておらぬこともないが、彼女の場合は神がかり的な支配であったらしい。
贈り物に目のない人間外交
また、彼女はなかなかの策士でもあったようだ。二三九年、はるばる「魏(ぎ)」の皇帝のもとへ使いを出し、「親魏倭王」というなんとも立派な称号をせしめている。
* その際、金印や紫の紐(紫綬)、さらには百枚もの銅鏡を授かったという。
* 猫に小判、卑弥呼に銅鏡。百枚も鏡を並べて一体何を映そうというのか。吾輩なら、鏡に映る己の姿に驚いて飛び上がるのが関の山である。
謎に包まれた隠居生活
これほどの影響力を持ちながら、卑弥呼の私生活は実に謎めいている。
* 高齢で独身、宮殿の奥深くに引きこもり、ほとんど姿を見せなかったという。
* 身の回りには百人もの侍女(じじょ)が仕えていたというから、女王というよりは、もはや生ける神様のような扱いだったのだろう。
最期は狗奴国(くなこく)という勢力との紛争中に亡くなり、巨大な墓に葬られたそうだ。彼女の死後、再び国は乱れたが、宗女(そうじょ)の台与(とよ)が王に立つことでようやく鎮まったというから、この一族の女たちの胆力には驚かされる。
末裔たちの果てなき議論
現代の人間どもは、今でもこの卑弥呼のことで喧々諤々(けんけんがくがく)の議論を続けている。
* 邪馬台国は九州にあったのか、それとも近畿の纒向(まきむく)遺跡のあたりなのか、場所すら特定できぬという。
* さらには、彼女こそが天照大神(アマテラス)のモデルではないかという大胆な説まで飛び出す始末だ。
数千年前の女子一人に、これほどまでに翻弄されるとは。人間という生き物は、過ぎ去った「謎」を追いかけるのが、何よりも好きな遊びと見える。
さて、卑弥呼の魔法が解けたところで、次はもう少し時代を下って「力自慢の武士」や「派手好きな権力者」の話でもしてみようか。それとも、卑弥呼がもらったという「鏡や金印」のその後について、吾輩が調べて差し上げようか?