はじめに──ワタリガニを食べに行った話から
今回は本題に入る前に、少しヨタ話から始めたい。
先日、ワタリガニを食べに行った。
僕は普段、魚屋で魚介を買うことが多いので、正直に言えば「刺身を食べに店へ行きたい」と思うことはあまりない。
その店でしか成立しない仕立てをしてくれるなら話は別だが、そうでなければ「それなら自分でやれるな」と思ってしまうことが多い。
だが、エビやカニといった甲殻類は別である。
ここであらためて、活かしの重要性を痛感した。
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活かしが効く食材、効かない食材
活かしとは、生け簀や水槽で生かした状態のまま保つことを指す。
魚屋に並ぶ魚介は、運がよければギリギリ生きていることもあるが、多くは半死半生、もしくはすでに死んでいる。
魚の場合、生け簀で泳がせておくことには限界もあるし、活け造りのような提供方法を、僕はおいしいと思わない。
残酷さもあるし、今の時代、生け簀を持つ店自体が減っているのも自然な流れだと思う。
だが、甲殻類は違う。
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カニは「生きている」ことに意味がある
カニは、必ず加熱前に〆る。
これはアニマルウェルフェアの観点もあるが、実利的な理由も大きい。
カニには「自切(じせつ)」という性質があり、生きたまま湯に入れると、ストレスで脚を落としてしまう。
すると、その断面から湯が入り、水っぽくなってしまうのだ。
だからこそ、一瞬で〆てから蒸す、あるいは茹でる。
これができるかどうかで、仕上がりは決定的に変わる。
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瀬戸内のワタリガニが、今年は当たりだ
今年は、瀬戸内海のワタリガニが比較的よく獲れている。
例年より少し安い……とはいえ、もちろん安くはない。
今は2月。
メスが内子を持っていて、とにかくうまい。
カニ酢など一切不要。
身をほじって、そのまま食べるだけで成立する。
しかも驚いたのは、手がまったく臭くならないことだ。
普通なら、食べ終わったあとにおしぼりで何度も拭きたくなるものだが、それすら必要ない。
ベタつきも、匂いもない。
生きている個体を、すぐに〆て調理する。
この条件が、ここまで結果に出る食材は、そう多くない。
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どこで食べられるのか、という話
「それ、どこで食べられるんだ?」と思われるだろう。
2月7日(土)昼から、RCCの「ひな壇団」で、その店が紹介される。
メインは別の料理だが、今話しているワタリガニも食べることができる。
実は撮影中、僕はほんの一口しか食べられなかった。
あまりにも悔しかったので、今回あらためて予約して食べに行ったのだ。
それくらい、おいしい。
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ここから本題──「やっていない店」に振られる話
さて、ここからが本題である。
最近、立て続けに2度、店を訪ねたら営業していなかったということがあった。
どちらの店もInstagramをやっており、事前に確認して行っている。
にもかかわらず、店の前に行くと「臨時休業」と貼り紙があるだけ。
これは、正直かなり困る。
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SNSをやる目的は何なのか
昔は僕のように遠方の飲食店にわざわざ訪れる人は少なかったが、今や、飲食店をを紹介するインスタグラマーは山ほどいて、僕と同じような行動をとっている。
SNSの目的は、店を知ってもらうことだけではない。
無駄足を踏ませないこと
これも、極めて重要な役割だ。
急な事情が起こるのは仕方がない。
体調不良もあるし、事故だってある。
だが、だからこそSNSがある。
情報を出していれば、来る側は必ず確認する。
それをしないというのは「SNSをやっている意味がない」と言ってもいい。
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味が良くても、紹介できない店がある
今回振られた店のひとつは、味が良いことを知っている。
それでも僕は、「もう行かなくてもいいかな」と思っている。
なぜなら、そういう店は必ずまた同じことをやるからだ。
そして、もし僕がテレビで紹介したとしても、同じことが起きる。
遠方から、時間と交通費をかけて来たが「やっていなかった」としよう。
これは、視聴者にとって強烈にネガティブな体験になる。
理屈の上ではその店の責任だ。
だが感情としては、「紹介した側」にも矛先が向く。
それは、人間として自然な反応だと思う。
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営業日を守れない店は、社会人としてどうなのか
完全予約制なら話は別だ。
予約がある以上、店も責任を持つ。
万が一の事態が起きたとしても、電話番号がある、SNSがある。
連絡手段はいくらでもある。
これは、飲食店に限った話ではない。
サラリーマンでも同じだ。
アポをすっぽかす人間が、信用されるだろうか。
会社に行ったら誰もいない、何の説明もない。
そんな取引先があれば、普通は距離を置く。
一事が万事だろう。
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SNSは「集客ツール」ではなく「関係構築ツール」だ
SNSは、自分が気持ちのいいことを書く場所ではない。
本当は書きたくないことも、書かなければならない。
それは、これから来てくれるかもしれない人との関係を、少しでも良くするためだ。
取引先との約束を守ることができなければ、長く社会と関わりを続けることは難しい。
僕は、そう考えている。