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前回の藤原道長という大物ボス猫が、己の娘を天皇の后として宮中へ送り込み、我が世の春を謳歌していたその舞台裏——。
吾輩の鋭い眼が次に捉えたのは、華やかな御簾(みす)の奥で、静かに筆を走らせている一人の女の姿である。名は紫式部。人間どもが「世界最古の長編小説の作者」などと大層な肩書きを奉っている才女だ。
吾輩は歴史を考える猫である(紫式部編)
名前の分からぬ、稀代の「お局様」
人間という生き物は、後世に名を残す名著を書き上げながらも、己の本名は歴史の闇に隠してしまうという、妙に用心深い真似をする。この紫式部とて、本名は今もって不明なのだそうだ。
「紫式部」というのは宮仕えの際のいわば芸名(女房名)であり、彼女の父親の官職である「式部丞(しきぶのじょう)」と、彼女自身が書いた物語のヒロイン「紫の上」にちなんで、後世の人間どもが勝手に呼び始めたらしい。
彼女は、学者であり歌人でもあった藤原為時(ためとき)の娘として生まれた。幼少の頃から、当時は男の学ぶものとされていた難しい漢文(中国の古典)をスラスラと理解し、父親に「これが男の子であったなら、我が家も安泰だったのに」と悔しがらせたという。
生まれながらに賢いというのは、人間にあっては少々生きづらいもののようで、彼女の物憂げな表情からは、その才気ゆえの孤独が滲み出ている。
道長の「秘密兵器」となった才女
さて、前回の主役である藤原道長だ。彼は自分の長女・彰子(しょうし)を一条天皇の后にしたものの、宮廷の文化的な主導権を握るために、この学識豊かな紫式部をスカウトし、彰子の家庭教師(女房)として宮中へ送り込んだ。
* 『源氏物語』という大博打:彼女が執筆した『源氏物語』は、光源氏という容姿端麗な貴族の男が、次から次へと女を口説き、栄華を極め、やがて衰退していく全五十四帖の超大作である。
* 宮廷のサロン文化:天皇が彼女の物語を読みたさに彰子の御所へ通うよう仕向けるという、道長の「猫じゃらし」の如き高度な作戦に、彼女の文才は見事に利用されたわけだ。
吾輩たち猫から見れば、光源氏なる男があちこちの庭に忍び込んでは恋の騒ぎを起こす様は、春の盛りの野良猫の縄張り争いと大差ないように思えるが、人間どもはこれを「日本文学の最高峰」と崇めているのだから、雅(みやび)というやつはよく分からぬ。
日記に刻まれた、女たちの「爪研ぎ」
彼女はまた、『紫式部日記』という楽屋裏の記録も残している。
そこには、華やかな宮廷生活の様子だけでなく、同時代のライバルである清少納言(せいしょうなごん)に対する「あいつは利口ぶって漢字を書き散らしているが、大したことはない」といった、なかなかに鋭い爪を剥き出しにした批評(悪口)も書き連ねられている。
普段は大人しく控えめな顔をしておきながら、日記の頁の上では容赦なく他人の毛並みをむしり取る。女の執念というものは、怒った時の猫の威嚇よりも恐ろしい。
もちろん、彼女はただの毒舌家ではない。作中に数多くの和歌を詠み込み、自身も『小倉百人一首』に数えられるほどの和歌の名手であった。
彼女が遺した『源氏物語』は、千年後の現代に至るまで、演劇やら絵巻物やら、挙句の果てには「アニメ」や「マンガ」と称する奇妙な絵草紙にまで姿を変え、人間に影響を与え続けている。
道長が築いた権力は歴史の塵(ちり)となったが、おんぼろの部屋で女が綴った物語は千年生き残った。文字という道具を使って時を超えるあたり、人間というやつも、たまには吾輩を感心させる。
さて、次に吾輩がページを捲れば、この雅な平安貴族たちの「恋だ、歌だ」という甘っちょろい生活を、鋭い刀で一刀両断にしにやってくる「地方の荒くれ者(武士)」たちの姿が見えてくるはずだ。それとも、紫式部が噛みついたライバル・清少納言の言い分でも聞いてみるかね?