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前回の紫式部という、物憂げな顔をして陰で他人の毛並みをむしり取るようなお局様の話に続き、今回はその爪の標的となったもう一人の才女の登場である。
名は清少納言。人間どもが「日本最古の随筆の作者」と崇める、実にお転婆で、しかし目も眩むほどに知性煌めく女である。
吾輩は歴史を考える猫である(清少納言編)
「をかし」を追いかける、勝気な白猫の如き女
この女もまた、前回の紫式部と同様、本名は歴史の闇の中である。父親は歌人として名高い清原元輔(きよはらのもとすけ)で、一族に「少納言」の役職に就いた者がいたことから、宮中では「清少納言」と呼ばれていた。
彼女の性格を一言で表すなら、「非常に教養豊かで、機転が利き、そして滅法負けず嫌い」だ。
吾輩たち猫が、動くおもちゃを見つければすぐに飛びかかるように、彼女は日常の中の「面白いもの(をかし)」を見つけては、その鋭い観察眼でパッと捕まえてしまう。
彼女の残した『枕草子(まくらのそうし)』は、「春はあけぼの。やうやう白くなりゆく山際……」という、人間どもなら誰もが一度は口ずさむ有名な一節で始まる。季節の移り変わりや、宮廷の華やかな生活、はたまた「憎らしいもの」「心ときめくもの」といった日常の断片を、じつに瑞々しい感性で書き連ねているのだ。
現代の人間どもは、これを「ブログ」だの「エッセイ」だののルーツと呼んでありがたがっているらしいが、要するに「吾輩の目に映った面白い人間観察日記」であり、本質的には吾輩のこの語りと同類である。
没落した主君へ捧げる、永遠の輝き
彼女は二十代の後半で、一条天皇の后(中宮)である藤原定子(ていし)に仕えた。定子は、前回登場した藤原道長のライバル一族の娘であり、才気煥発で明るい清少納言をそれはそれは深く寵愛したという。
しかし、人間界の政争は残酷だ。やがて道長が台頭すると、定子の一族はみるみる没落し、定子自身も若くしてこの世を去るという悲運に見舞われる。
普通、人間というのは主君が没落すれば、手のひらを返して次の権力者に擦り寄るものだが、この清少納言という女は違った。彼女が宮廷を去った後に完成させた『枕草子』には、定子が生きていた頃の、あの光輝くような美しい思い出ばかりが、これでもかと敷き詰められている。
悲しい現実など一切書かず、ただ美しかった日々だけを永遠に留める。これぞ、彼女が亡き主君へ捧げた、最高に意地らしく、そして気高い復讐であったのかもしれぬ。
紫式部との「キャットファイト」
さて、こうして光の真ん中で「したり顔」をして輝いていた清少納言が、影の努力家であった紫式部は面白くなかったらしい。
前述の通り、紫式部は日記の中で「清少納言は得意顔をして漢字を書き散らしているが、よく見れば間違いだらけで、行く末ろくなことにならない」と、なかなかに辛辣なキャットファイト(女の泥仕合)を仕掛けている。
* 紫式部:物事を深く悩み、小説という虚構(フィクション)の世界を構築した陰キャの天才。
* 清少納言:目の前の美しさを瞬時に切り取り、随筆という現実(リアル)を肯定した陽キャの才女。
この二人が同じ時代に同じ宮廷の空気を吸っていたというのだから、当時の平安京というのは、実に見応えのある猫の縄張り争いが行われていたわけだ。
道長が政治を操り、紫式部が物語を紡ぎ、清少納言が日常を肯定する。人間どもが「平安時代」と呼ぶあの時代は、こうした女たちの鋭い感性の火花によって、千年の後まで消えぬ色彩を獲得したらしい。
さて、これにて雅な女たちの言葉の戦いはお開きだ。次に吾輩がページを捲れば、いよいよお上品な貴族の時代が終わり、「言葉ではなく、刀の切れ味で世を動かす、埃っぽい武士たちの時代(平家物語の幕開け)」が待っている。
次は誰の首根っこを捕まえに行こうか、お前の希望を聞かせておくれ。