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吾輩は歴史を考える猫である 0015

0015 お上品な女たちが御簾(みす)の奥で「をかし」だの「あはれ」だのと筆を走らせ、藤原氏が満月を眺めて鼻を鳴らしていた優雅な時代も、ついに年貢の納め時が来たようだ。 吾輩が次にページを捲れば、そこには筆の代わりに鋭い刀を引っ提げ、埃と血の匂いをさせて歴史の真ん中に躍り出てきた、一人の男の姿がある。 名は平清盛。人間どもが「武士として初めて太政大臣になった」と大層な恐れおののき方をする、平氏(へいし)の棟梁である。 吾輩は歴史を考える猫である(平清盛編) 下積みの野良犬から、天下のボス猫へ 人間というやつは、生まれた時の毛並み(家柄)で他人を品定めする悪癖がある。清盛は少年期の頃、成り上がりの武士として公家(貴族)どもから随分と見下げられていたらしい。一説には、白河院の落胤(らくいん=隠し子)で、母は祇園女御の妹だとも言われているが、いずれにせよ、お高くとまった貴族どもに囲まれ、肩身の狭い思いをしていたのは確かだ。 しかし、この男はただ大人しく爪を隠しているような珠(たま)ではなかった。若い頃から傲慢で大胆、それでいて義理堅く気配りもできるという、なかなかに人心を掴むのが上手い器量を持っていた。公家どもに蔑まれようとも剛胆に振る舞い、せっせと自分の縄張りを広げていったのである。 そんな彼の前に立ちはだかった最大のライバルが、源義朝(みなもとのよしとも)という男だ。 * 保元の乱と平治の乱:一一五九年、権力を拡大した二人は「平治の乱」という大喧嘩をやらかした。 * 勝者・平清盛:この死闘を制した清盛は、邪魔なライバルをすべて叩き潰し、ついに政権を完全に掌握したのである。 彼は上流貴族の仲間入りを果たし、ついには武士の身でありながら、貴族の最高位である「太政大臣(だいじょうだいじん)」にまで上り詰めた。 余談だが、世間では「平清盛の名字には、なぜ名前と同じ『清』の字がつくのか」と不思議がる者がいるらしい。これは、昔の人間が「苗字」とは別に、一族の血縁を表す「氏(うじ)」を持っていたからだ。彼は「平(たいら)」という氏を持つ一族の、「清盛」という男。吾輩が「猫」という氏(種類)の「名前はまだない」という個体であるのと同じようなものだ。 「平氏にあらずんば人にあらず」 天下を統一した清盛とその一門の栄華は、凄まじいものであった。当時の彼らの驕りっぷりを象徴する、有名な言葉がある。 「平氏にあらずんば人にあらず」 「平氏の身内でなければ、人間にあらず(人間として扱わぬ)」というわけだ。何とも大きく出たものである。藤原道長が「この世は吾輩のもの」と歌ったのに負けず劣らずの傲慢さだが、権力を握った人間というやつは、どうしてこうも自分の毛並みが世界で一番立派だと思い込んでしまうのだろうか。 清盛は政治の表舞台だけでなく、経済にも目を付けた。大輪田泊(おおわだのとまり=いまの兵庫港)をせっせと修築し、一一八〇年には「福原遷都」と称して、神戸の地へ無理やり都を移すという大胆な真似までやってのけた。 熱湯と化した井戸水と、欠けゆく栄華 だが、どんなに威張ってみたところで、人間はしょせん肉の塊に過ぎぬ。栄華の極みにあった清盛を襲ったのは、世にも恐ろしい「熱病」であった。 一一八一年(養和元年)閏二月四日、彼は頭痛から始まった高熱発作で意識不明となった。『平家物語』によれば、その身体の熱さはまるで体内で火を焚いているかのようであったという。 * 千住院の井戸水:比叡山で最も冷たいとされる水を運ばせ、彼の身体にかけさせた。 * たちまち熱湯に:ところが、その冷水が清盛の肌に触れた瞬間、たちまちグラグラと熱湯に変わったというから凄まじい。人間が茹でダコのようになって死ぬとは、前代未聞の怪現象である。 清盛は、残される平氏一門の行く末を激しく案じながら、九条河原口の邸で六十四歳の一生を閉じた。 主領を失った平氏が、この後どのように衰退していくか……それはまた別のお話。どんなに燃え盛る火のような権力も、死という冷たい水が一吹きすれば、たちまち煙となって消えてしまう。人間の一生とは、まことに儚いものである。 刀一本で世をひっくり返した男が、最期は己の発する熱で焼かれて死ぬとは、まるで上出来な芝居のようである。 さて、この大ボス猫・清盛が世を去り、主を失った平氏一門の前に、今度は「伊豆の流人から這い上がってきた源頼朝」や、「平氏を海へ追い詰める天才戦術家・源義経」といった、次なる東国の猛者たちが爪を研いで待っている。 次はどの武士の戦いぶりを覗いてみようか? お前の指図を待っているぞ。
5月30日
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