夏休みの学校開放、議論から考える学校教育の日常を変える事のインパクト。
文部科学省が打ち出した「夏休み期間中の学校施設の活用」をきっかけに、教員負担や子どもの居場所づくりを巡る議論が広がっています。
「学校を開放すると先生の負担が増えるのでは?」
「共働き家庭にとっては子どもの居場所が必要では?」
「そもそも学校は誰のための施設なのか?」
「学校施設を使う事前提ではなく、すべての選択肢を検討した中で、どの場所を誰が担い、子どもの居場所について決めるべきではないのか?」
今回の放送では、こうした賛否を紹介するだけではなく、その議論が起こる背景にある ”当たり前”について考えます。
教職員が担当しなくても、子どもを学校に集める事が、教職員の負担等に繋がる懸念が、必ず起きるのは、学校施設が日常的に使われる仕組みそのものもを変化する必要があります。
日常的に学校教育施設で、多様な主体が参加した教育活動、生涯学習、社会教育が行われる場合、子どもを集める時に、「教員の負担が」という懸念は起きづらくなります。しかし、この日常の変化は、ちょっとした変化ではなく、抜本的な変化ではないといけません。
具体的には、教育課程を実施する主体に教職員以外もいる状態、教員免許に拘らない組織が構築されている、民間企業等の学校教育への資源の積極的循環など、今とは全く違う公教育を実現しなければいけません。
こうした変化を実現するために求められるのは、意思決定者「首長、教育長、経営者」のリーダーシップです。
夏休みの学校開放という一つのニュースから、日本の教育をどう再設計していくべきかを考えます。
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