余白は"埋めるもの"か
やる事を減らすことを躊躇してしまうのはなぜか。
現在、日本の公教育では、学校がもっと柔軟に教育課程と授業字数を設計できるようにという議論が進んでおり、そこで「余白」という言葉が使われています。でもある先生の「余白の使い道を最初から決めてしまったら、それは余白なのか?」という問いかけは、教育を超えた普遍的なテーマに聞こえました。
今回の配信では、こんなことを考えています。
余白を「空けてみて、何が生まれるかを見る」というよりも、人はその余白で何をするかを思考のクセがあります。それは、無意識のうちに、何も決めない・しない事への不安があるからかも知れません。
そういった不安と向き合いながらも余白を活かすには、インプット(どれだけやったか)ではなく、アウトカム(何が起きたか)で内省し、改善する前提の視点が必要になります。
仕事でも、学校でも、日々の暮らしでも。「余白」の見方・考え方は可搬性があります。
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