安くておいしいものは、なぜ消えるのか
安くておいしい。
この言葉に反応しない人はいないだろう。
僕も大好きだ。
見つけたときの高揚感。
自分だけが宝を掘り当てたような感覚。
しかし、そこには残酷な真実がある。
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価格はおいしさでは決まらない
おいしいから高いのではない。
まずいから安いのでもない。
価格は需給で決まる。
みんなが欲しがれば高くなる。
みんなが欲しがらなければ安くなる。
それだけだ。
この当たり前の事実を無視して「安くておいしい」を語ることはできない。
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情報化社会は、安さを許さない
現代は異常な情報社会である。
SNS、動画、レビューサイト、AI。
何かについて「安くておいしい」と広まった瞬間、人が殺到する。
そして価格が上がる。
つまり、みんなが知っていて安いままのおいしいものは存在できない。
存在したとしても、それは一瞬で消える。
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ホルモンと豚バラはなぜ高くなったのか
僕が若い頃、ホルモンは本当に安かった。
だが今は違う。
おいしさが知れ渡ったからだ。
豚バラもそうだ。
15年前なら100g98円で普通に買えた。
今はどうか。
100g198円はするだろう。
豚バラが突然おいしくなったわけではない。
みんなが「気づいた」だけだ。
市場は冷酷だ。
気づかれた瞬間、価格は上がる。
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それでも、まだ残っている場所がある
では、安くておいしいものは絶滅したのか。
いや、残っている。
それが魚介だ。
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魚介は難しいから安い
魚介は変数が多すぎる。
旬
海域
漁法
締め方
脂のノリ
性別
個体差
ここまで複雑だと、多くの人は思考停止する。
分からないから買わない。
買わないから値段が上がらない。
ここに盲点がある。
例えば広島のチヌ(クロダイ)。
時期と個体を選べば、とんでもなくおいしい。
だが、その「選べば」が難しい。
だから安いまま放置されている。
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天然魚はジビエである
スーパーの肉は養殖である。
だから品質は安定している。
しかし天然魚は違う。
海を泳ぎ回る。
餌も環境も違う。
つまりジビエと同じで個体差が激しい。
この「分かりにくさ」が最後の防波堤なのだ。
だから市場が完全効率化しない。
だからまだ宝が眠っているのだ。
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肉はもうレッドオーシャンである
牛、豚、鶏は完全にコモディティ化した。
価格は市場に吸収され、ほぼ適正化している。
安くておいしいを探す戦場としては、もう厳しい。
だが魚介は違う。
まだ混沌がある。
まだ非効率がある。
まだ知識差が価格差になる。
今、最もブルーオーシャンなのは魚介なのだ。
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目利きなき者に、宝は見えない
しかし、簡単ではない。
・旬を知る
・型を見る
・脂を読む
・締めを理解する
これは一朝一夕では身につかない。
だから多くの人はやらない。
しかし、身につけたら一生モノのお得な価値になる。
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学ぶことは、最高の娯楽である
安くておいしいものを見つけるために勉強する。
それを「これ、素晴らしいよ」と共有する。
これほど楽しいことがあるだろうか。
情報社会は平等ではない。
努力した者だけが、まだ残っている非効率に辿り着ける。
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結論
安くておいしいものは消えていない。
ただし条件が変わった。
・みんなが知っている
・誰でも分かる
・簡単に拡散できる
こうしたものは即座に市場に回収される。
だからこそ、
分かりにくいもの。
変数が多いもの。
目利きが必要なもの。
そこに未来がある。
魚介は、まだ間に合う。
そして目利きは、人生を面白く、お得にする技術なのだ。